カリブ海の宝石
カルタヘナ・デ・インディアス。この名前を口にするだけで、どこか遠い世界への扉が開くような気がする。コロンビア北部、カリブ海に面したこの港町は、16世紀にスペイン人によって築かれた城壁に囲まれた旧市街と、その外に広がる現代的な新市街が混在する、時間が幾重にも折り重なった場所だ。
かつて南米大陸への玄関口として栄え、金や銀を積んだガレオン船が行き交ったこの港は、同時に海賊や略奪者たちの標的でもあった。そのため街を守る強固な城壁や要塞が築かれ、それらは今もなおカリブ海の強い日差しを浴びながら、当時の記憶を刻んでいる。
コロニアル様式の建物が連なる旧市街の路地は、色鮮やかなブーゲンビリアに彩られ、バルコニーからは鮮やかな花々が垂れ下がる。夕暮れ時になると、石畳の路地に温かなオレンジ色の灯りが灯り、どこからともなくクンビアやバジェナートの音楽が流れてくる。アフリカ、スペイン、先住民の文化が溶け合って生まれたこの街の空気は、他のどこにもない独特の甘やかさと力強さを持っている。
そんなカルタヘナへ、私は2泊3日の旅に出ることにした。カリブ海の風を感じながら、歴史と現在が交差する路地を歩き、この街が持つ多層的な時間に身を委ねてみたかった。

1日目: 城壁の街に溶け込む午後
ボゴタからの飛行機が降下を始めると、窓の外にカリブ海の青が広がった。深く濃い青と、浅瀬の透き通るような水色のグラデーション。その海岸線に沿うように、白い建物が密集している一角が見えた。あれがカルタヘナの旧市街なのだろう。
ラファエル・ヌニェス国際空港に降り立つと、むっとする熱気と湿気が体を包んだ。これがカリブ海の気候なのだと実感する。タクシーで市街地へ向かう道すがら、窓の外には近代的な高層ホテルが立ち並ぶボカグランデ地区が見え、やがて古い城壁が姿を現した。
旧市街の入口、時計塔 (Torre del Reloj) をくぐると、まるで時代を遡ったかのような光景が広がった。石畳の路地、カラフルに塗られたコロニアル建築の家々、木製の重厚な扉と鉄格子の窓。建物の壁は黄色、ピンク、青、緑と、まるでパレットをひっくり返したように色彩豊かだ。
宿は旧市街の中心部、サント・ドミンゴ広場に近い小さなブティックホテルにした。中庭を囲むように客室が配置され、中央には小さな噴水がある。チェックインを済ませて部屋に入ると、白い壁と木製の家具、天井には年季の入った梁が渡されていた。窓を開けると、バルコニーから石畳の路地が見下ろせた。
荷物を置いて、さっそく街歩きに出た。時刻はまだ午後3時過ぎ。日差しは強いが、建物の影に入るとカリブ海からの風が心地よい。路地を歩いていると、あちこちで民族衣装を着たパレンケーラと呼ばれる女性たちが、頭にフルーツの籠を乗せて歩いている姿に出会った。彼女たちはアフリカ系コロンビア人で、カルタヘナの象徴的な存在だ。色鮮やかなドレスと頭上の籠のバランスが絵になる。
サント・ドミンゴ広場では、路上でアクセサリーを売る人々や、絵を描く画家たちが並んでいた。広場の一角にあるボテロの彫刻「横たわる女性」の周りには、観光客や地元の人々が腰を下ろし、思い思いの時間を過ごしている。私もその隣に座り、行き交う人々を眺めた。子供たちが石畳を駆け回り、老人たちがベンチで談笑し、カップルが寄り添って歩く。この広場は街の日常そのものだった。
夕暮れが近づいてきたころ、城壁の上を歩こうと思い立った。ラス・ボベダスという、かつて武器庫だった場所から城壁に上がることができる。石段を登り、城壁の上に立つと、視界が一気に開けた。片側にはオレンジ色の屋根が連なる旧市街、もう片側には青いカリブ海が広がっている。波の音が静かに聞こえてきた。
城壁の上を歩いていると、地元の若者たちが集まって音楽を流し、ダンスをしている一角があった。彼らは観光客にも気さくに話しかけてくる。「一緒に踊らないか?」と誘われたが、私は笑って首を横に振った。けれど、その陽気な雰囲気に心が軽くなるのを感じた。
太陽が水平線に近づき、空が薄紫色からオレンジ色へと変わっていく。城壁の上には多くの人々が集まり、この夕暮れを見守っていた。誰もが静かに、けれど確かな喜びとともに、一日の終わりを迎えている。カリブ海に沈む太陽は、驚くほどゆっくりと、けれど確実に海の中へ消えていった。
夜は旧市街の小さなレストランで、カリブ海の魚料理を食べた。ペスカード・フリート (揚げ魚) にココナッツライス、パタコネス (揚げたプランテーン) が添えられたシンプルな一皿。魚は外側はカリッと、中はふっくらとしていて、ライムを絞ると爽やかな酸味が口の中に広がった。ココナッツライスのほのかな甘みが、魚の塩気とよく合う。
食事を終えて宿に戻る道、路地には暖かなオレンジ色の灯りが灯り、レストランやバーからは音楽が漏れ聞こえてきた。カルタヘナの夜は、昼間とはまた違った表情を見せる。石畳に反射する光、遠くから聞こえる笑い声、どこか甘い花の香り。この街の夜は、決して眠らない。
2日目: 海と要塞、そして路地裏の時間
朝、窓を開けると、すでに街は動き始めていた。石畳を掃除する音、遠くで呼び合う声、教会の鐘の音。朝食は中庭でとった。アレパ (トウモロコシの生地を焼いたもの) にチーズを挟んだものと、フレッシュなトロピカルフルーツ、そして濃いコロンビアコーヒー。シンプルだが、体に染み渡るような朝食だった。
この日の午前中は、サン・フェリペ・デ・バラハス城に行くことにした。旧市街から少し離れた丘の上に立つこの要塞は、17世紀にスペインが築いた、南米最大規模の軍事要塞だ。タクシーで向かう途中、運転手が「カルタヘナで一番の景色が見られるよ」と教えてくれた。
城の入口に立つと、その巨大さに圧倒された。石造りの厚い壁、複雑に入り組んだ通路、戦略的に配置された見張り台。かつてここから海賊や敵国の艦隊を見張っていたのだと思うと、歴史の重みを感じる。要塞の内部は迷路のように入り組んでいて、地下通路を歩いていると、当時の兵士たちの息遣いが聞こえてくるような気がした。
頂上まで登ると、運転手の言葉通りの絶景が広がっていた。眼下にはカルタヘナの街全体が見渡せる。赤い屋根が密集する旧市街、その周りを取り囲む城壁、そしてどこまでも続くカリブ海。風が強く吹き抜け、汗ばんだ肌を冷やしてくれた。
要塞を後にして、午後は旧市街の路地をゆっくりと歩くことにした。観光客で賑わうメインストリートを外れ、細い路地に入っていく。そこには地元の人々の日常があった。洗濯物が窓から窓へ渡されたロープに干され、軒先では老人が椅子に座って新聞を読んでいる。子供たちが路地でサッカーボールを蹴り、その脇を犬がのんびりと歩いていく。
ゲッセマニ地区に足を延ばした。ここは旧市街に隣接する、かつては庶民の住む地区だったエリアだ。近年は若者やアーティストが集まり、カフェやギャラリー、壁画アートが増えている。建物の壁一面に描かれたカラフルな壁画は、カルタヘナの歴史や文化、アフロコロンビアンのアイデンティティを表現していた。
小さなカフェに入り、リモナーダ・デ・ココ (ココナッツレモネード) を注文した。ココナッツミルクとレモンの組み合わせは、最初は意外に思えたが、飲んでみると爽やかで濃厚な味わいだった。カフェの中では若者たちがノートパソコンを開いて仕事をしたり、友人と談笑したりしている。壁にはローカルアーティストの絵が飾られ、奥からは静かな音楽が流れていた。
カフェを出て、さらに路地を歩く。トリニダード広場では、夕方から始まる準備をしている屋台があった。アレパやエンパナーダ、チョリソを焼く準備をしている。広場の一角では、年配の男性たちがドミノをしている。彼らの手つきは慣れたもので、パチンパチンと牌を打つ音が心地よいリズムを刻んでいた。
夕暮れ時、もう一度城壁に上がった。昨日とは違う場所から、カフェ・デル・マール付近だ。ここは城壁の上にバーがあり、多くの人々がカクテル片手に夕日を待っている。私もモヒートを注文し、石の手すりに寄りかかった。
空がゆっくりと色を変えていく。青から紫、紫からピンク、ピンクからオレンジへ。海の色もそれに呼応するように変化していく。この時間、城壁の上にいる全ての人が同じ方向を向いて、同じ夕日を見ている。国籍も年齢も関係なく、ただ美しいものを美しいと感じる瞬間を共有している。それは静かで、けれど確かな連帯感だった。
夜は、地元の人に勧められたセビチェ専門店へ行った。セビチェはラテンアメリカ沿岸部で広く食べられる、生魚をライムで締めた料理だ。カルタヘナのセビチェは、新鮮な白身魚にトマト、赤玉ねぎ、コリアンダー、そして少量のハラペーニョが入っている。一口食べると、ライムの酸味と魚の甘み、野菜のシャキシャキとした食感が口の中で混ざり合った。パタコネスと一緒に食べると、さらに美味しい。
宿に戻る道、サント・ドミンゴ広場を通りかかると、生演奏が始まっていた。地元のミュージシャンたちが、バジェナートやクンビアを演奏している。何人かがその周りで踊り始め、いつの間にか即席のダンスパーティーのようになっていた。私は広場の端に座り、その光景をしばらく眺めていた。音楽とダンス、笑い声と拍手。カルタヘナの夜は、こうして人々の喜びで満ちている。
3日目: 別れの朝と、持ち帰るもの
最終日の朝は、いつもより少し早く目が覚めた。もうすぐこの街を離れなければならないという事実が、無意識のうちに体を起こしたのかもしれない。窓の外を見ると、まだ街は静かで、朝の柔らかな光が石畳を照らしている。
朝食前に、最後の散歩に出た。人通りの少ない早朝の路地は、また違った表情を見せる。掃除をする人、パン屋の準備をする人、学校へ向かう子供たち。観光地としてのカルタヘナではなく、人々が生活している街としてのカルタヘナがそこにあった。
サン・ペドロ・クラベール教会の前を通りかかった。この教会は、アフリカから奴隷として連れてこられた人々の権利のために尽力したスペイン人宣教師の名を冠している。カルタヘナは、かつて南米最大の奴隷貿易の中心地だった。その歴史は決して美しいものばかりではない。この街の鮮やかな色彩や陽気な音楽の裏には、苦難の歴史がある。それを忘れてはいけないと、静かな教会の佇まいが語りかけてくるようだった。
宿に戻り、朝食をとった。今日もアレパとコーヒー。この3日間で、すっかり慣れ親しんだ味だ。チェックアウトの時間まで、中庭のベンチに座って、持ってきた本を読んだ。けれど、文字は頭に入ってこなかった。この街の音、色、匂い、そして出会った人々の顔が、次々と思い出されてくる。
空港へ向かう時間が来た。タクシーが時計塔の前に到着し、荷物を積み込む。車が動き出すと、窓の外に流れていく城壁、カラフルな建物、バルコニーに咲く花々。全てがゆっくりと後ろへ去っていく。
「カルタヘナは好きになったかい?」運転手が尋ねてきた。
「ええ、とても」と答えると、彼は満足そうに微笑んだ。
「この街は、一度来たら忘れられない。海と歴史と音楽がある。そして、人々の心が温かい。また来るといい」
空港までの道、窓の外にはカリブ海が見えた。昨日、一昨日と眺めた、あの青い海。波は静かに、けれど絶えることなく岸辺を撫でている。何百年も前から、この海は変わらずここにあり、人々の営みを見守ってきたのだろう。
搭乗手続きを済ませ、出発ロビーで待つ間、この3日間を振り返った。城壁の上から見た夕日、路地裏で出会った人々の笑顔、ココナッツライスの甘い香り、石畳に響く音楽。どれも鮮明に、まるで昨日のことのように思い出せる。けれど同時に、それらは既に遠い記憶のようにも感じられた。
飛行機が離陸し、窓の外にカルタヘナの街が小さくなっていく。城壁に囲まれた旧市街は、上から見ると本当に小さく、けれどその中に詰まっている時間と物語の濃密さは計り知れない。
空想の中の確かな記憶
カルタヘナでの2泊3日は、こうして終わった。いや、正確に言えば、この旅は実際には起こらなかった。これは空想の旅であり、私の足は一度もカルタヘナの石畳を踏んでいない。カリブ海の風を肌で感じたこともなければ、ココナッツライスを実際に味わったこともない。
それでも、不思議なことに、この旅は私の中で確かに存在している。城壁から見た夕日の色、路地裏で聞いた音楽、セビチェの酸味、パレンケーラたちの鮮やかな衣装。それらは想像の中で組み立てられたものでありながら、記憶として私の中に刻まれている。
旅とは何だろうか。物理的にその場所に行くことだけが旅だろうか。もちろん、実際に足を運び、五感で感じることに勝るものはない。けれど、想像することもまた、ひとつの旅の形ではないだろうか。本を読み、写真を見て、音楽を聴き、そして想像を巡らせる。その過程で、私たちは知らない世界と出会い、自分の中の地図を広げていく。
カルタヘナという街は実在する。城壁もサン・フェリペ要塞も、カラフルな建物も、バジェナートの音楽も、全て本当にそこにある。この空想旅行は、実在する場所を舞台にした、想像の物語だ。いつか、本当にこの街を訪れる日が来たら、この空想と現実はどのように重なり、あるいはズレるのだろう。その時、私はきっと、二つの旅を同時に体験することになる。
空想でありながら確かにあったように感じられる旅。それは矛盾しているようでいて、実は旅の本質なのかもしれない。なぜなら、たとえ実際にその場所を訪れたとしても、私たちが持ち帰るのは記憶という、ある種の「物語」だからだ。そして物語は、想像の力によって何度でも再構築され、生き続ける。
カルタヘナの石畳の上で、私はまだ歩いている。カリブ海の風を感じながら、次の角を曲がろうとしている。この旅は終わったけれど、同時に、これからも続いていく。

