太平洋に浮かぶ生命の宝庫
コスタリカ本土から南西へ約550キロ、太平洋の青い海に浮かぶココ島 (イスラ・デル・ココ) は、まさに地球上の楽園と呼ぶにふさわしい場所だ。面積わずか24平方キロメートルのこの小さな島は、1997年にユネスコ世界自然遺産に登録された、地球上で最も手つかずの自然が残る場所のひとつである。
火山活動によって生まれたこの島は、年間を通じて7,000ミリメートルもの雨が降る熱帯雨林気候に包まれている。赤道に近い位置でありながら、海洋性の気候のおかげで気温は年間を通じて26度前後と比較的過ごしやすい。しかし、この豊富な雨量こそが、島の驚異的な生物多様性を支えているのだ。
陸上では235種もの植物が確認されており、そのうち70種は固有種である。鳥類も97種が生息し、特に美しいココ島フィンチやココ島カッコウなど、この島でしか見ることのできない種が進化を遂げている。だが、ココ島の真の魅力は海中にある。周囲の海域には世界最大級のハンマーヘッドシャークの群れをはじめ、ジンベエザメ、マンタ、数え切れないほどの熱帯魚が生息している。
16世紀にスペインの探検家によって発見されて以来、ココ島は海賊たちの隠れ家として使われ、今でも数々の財宝伝説が語り継がれている。現在は無人島だが、コスタリカ政府の厳格な管理の下、研究者や限られた観光客のみが上陸を許可されている。
この神秘的な島への旅は、単なる観光ではない。それは、現代社会から完全に切り離された原始の自然と向き合い、地球という惑星の生命力そのものを肌で感じる、まさに魂の巡礼なのである。

1日目: 孤島への扉が開かれた日
プンタレナス港で午前6時に乗船した時、太平洋はまだ朝靄に包まれていた。36時間の船旅の始まりである。コスタリカ政府認定のダイビング船「シー・ハンター」は、ココ島への唯一のアクセス手段だ。船には私を含め12名のダイバーと、経験豊富なクルー6名が乗り込んでいる。
船が港を離れると、コスタリカの海岸線がゆっくりと遠ざかっていく。デッキに立ち、潮風を頬に受けながら、これから始まる冒険への期待と、文明から完全に切り離される不安が交錯する。同船者のひとり、ドイツから来たベテランダイバーのヴォルフガングが隣に立ち、「ココ島は人生を変える場所だ」と静かに語りかけてくれた。彼にとって、これは5度目のココ島訪問だという。
昼食は船内で提供されたガジョ・ピント (豆とご飯の炒め物) とプランテン (バナナの一種) のフライ、そして新鮮な魚のセビーチェ。コスタリカの家庭料理の素朴な味が、これから始まる非日常への架け橋となる。午後は船室で読書をしたり、デッキで他の乗客と会話を楽しんだりしながら過ごした。アメリカ人の海洋生物学者マリアは、ココ島での研究経験について熱心に語ってくれた。
夕方、船は外洋に出た。四方を見渡しても陸地は見えず、ただ青い海と空が水平線で溶け合っている。この圧倒的な孤独感こそが、ココ島体験の前奏曲なのだろう。船内のダイニングで夕食をとりながら、明日の夕刻にはあの伝説の島に到着するのだと思うと、胸の奥で何かが静かに燃え始めるのを感じた。
夜は船の揺れに身を任せながら、満天の星空を眺めた。都市の光害から完全に解放された夜空には、天の川が白い帯となって流れている。波音だけが響く静寂の中で、明日への期待を胸に眠りについた。この夜、私は夢の中でココ島の緑深き森を歩いていた。
2日目: 生命に満ちた海の聖域で
朝5時、船の停止する音で目が覚めた。デッキに上がると、眼前に緑に覆われた断崖絶壁の島が聳え立っている。ココ島だった。朝陽に照らされた島は神々しく、まさに太平洋の宝石と呼ぶにふさわしい美しさだった。島全体が原始の森に覆われ、数十メートルの高さから海に向かって幾筋もの滝が流れ落ちている。
午前中は早速、島周辺での最初のダイビング。「アルコン」と呼ばれるポイントに潜った。水深30メートルまで潜降すると、そこは別世界だった。透明度は40メートルを超え、青い光の中に無数のハンマーヘッドシャークの影が踊っている。300匹を超えるハンマーヘッドの群れが、まるで空を舞う鳥のように優雅に泳いでいく光景は、言葉では表現できない美しさだった。
ガイドのカルロスは、この海域で20年以上潜り続けているベテランだ。彼の指差す方向を見ると、巨大なジンベエザメがゆっくりと現れた。体長10メートルはあろうかという個体で、その圧倒的な存在感に息を呑む。そして、まるで私たちを歓迎するかのように、しばらくの間、並んで泳いでくれた。
船に戻って昼食をとった後、午後は上陸許可を得てココ島に足を踏み入れた。チャタム湾の小さなビーチに上陸すると、そこは完全に手つかずの自然が広がっている。砂浜には無数のヤドカリが這い回り、森からは様々な鳥の鳴き声が響いてくる。
島内のトレイルを歩くと、そこは熱帯雨林のジャングルだった。巨大なシダ植物や、見たこともない形の花を咲かせる植物が生い茂っている。空気は湿潤で、生命の息吹に満ちている。ガイドのアナ・ルシアは、この島固有の植物について詳しく説明してくれた。「この島は、ガラパゴス諸島と並んで、生物の進化を研究する上で非常に重要な場所なのです」と彼女は語る。
夕方、「ジェノベサ」ポイントでの2本目のダイビング。今度はマンタに出会った。翼を広げると4メートルはあろうかという巨大なマンタが、まるでダンスを踊るように海中を舞っている。その優雅な動きは、まさに海の天使と呼ぶにふさわしい。近くでは、色とりどりの熱帯魚たちが珊瑚礁の間を縫って泳いでいる。
夜は船のデッキで夕食をとった。新鮮な魚のグリルとガジョ・ピント、そしてプランテンチップス。シンプルな料理だが、一日中海に潜った後の体には何よりも美味しく感じられた。食後は他の乗客たちと今日の体験を語り合い、明日への期待を膨らませた。
星空の下で過ごす夜は格別だった。都市では決して見ることのできない満天の星が、まるで手に取れそうなほど近くに感じられる。波音だけが響く静寂の中で、今日出会った海の生き物たちのことを思い返していると、自分もまた地球という惑星の生命の一部なのだということを、深く実感した。
3日目: 別れの朝と永遠の記憶
最終日の朝は、特別に早起きして日の出を見ることにした。午前5時半、デッキに上がると、東の空がほんのりと赤く染まり始めている。ココ島のシルエットが朝靄の中に浮かび上がり、やがて太陽が水平線から顔を覗かせた。黄金色の光が海面を照らし、島全体が神々しく輝いて見える。この瞬間の美しさは、きっと一生忘れることはないだろう。
午前中は最後のダイビング。「ダーティー・ロック」という、ココ島で最も魚影の濃いポイントだった。水中に入ると、そこはまさに魚の竜宮城だった。無数のクレオール・フィッシュが銀色の雲を作り、その中を大型のジャック (アジの仲間) が群泳している。岩陰には色鮮やかなエンゼルフィッシュやバタフライフィッシュが舞い踊り、底の方ではエイがゆったりと砂を舞い上げながら泳いでいる。
このダイビングで特に印象的だったのは、ホワイトチップシャークとの遭遇だった。体長2メートルほどの美しいサメが、まるで私を観察するかのように近づいてきて、しばらくの間、目と目を合わせた。その瞬間、人間と野生動物との間に、言葉を超えた何らかの交流があったような気がした。
水面に浮上し、最後にココ島を見上げた時、胸に込み上げてくるものがあった。この2日間で体験したことは、単なる観光や冒険を超越している。それは、地球という惑星の生命力そのものとの出会いであり、自分自身の存在の意味を問い直すような、深い精神的な体験だった。
午後は上陸して、島との最後の時間を過ごした。ビーチに座り、寄せては返す波の音に耳を傾けながら、この2日間のことを振り返った。ハンマーヘッドシャークの群れ、ジンベエザメとの並泳、マンタの優雅な舞い、そして原始の森の神秘的な静寂。すべてが夢のようでありながら、確実に私の心に刻まれている。
同船者のヴォルフガングが隣に座り、「ココ島は人を変える」と再び語りかけてくれた。「ここに来る前と後では、海を、自然を、そして自分自身を見る目が変わるんだ」。彼の言葉が、今の私の気持ちを的確に表現していた。
夕方4時、船はココ島を後にした。デッキから見る島は、来た時と同じように神々しく美しく、しかし今度は別れの寂しさが胸を締め付ける。島が次第に小さくなり、やがて水平線の彼方に消えていくまで、私はデッキに立ち続けた。
夜は船内で最後の夕食を楽しんだ。クルーが特別に用意してくれたロブスターのグリルと、コスタリカの伝統的なガジョ・ピント、そして南国フルーツのデザート。同船者たちとこの3日間の体験を語り合いながら、一生の思い出となる時間を過ごした。
夜更けに一人でデッキに出ると、ココ島がある方向に目を向けた。もう島の姿は見えないが、確かにあそこに、あの生命に満ちた島が存在している。そして、私はそこで忘れられない体験をしたのだ。明日の夜にはプンタレナス港に到着し、日常の世界に戻ることになる。しかし、ココ島で得たものは、私の中に永遠に残り続けるだろう。
最後に: 空想でありながら確かに感じられたこと
この旅は架空のものである。しかし、文字を追いながらココ島の青い海を泳ぎ、原始の森を歩き、満天の星空を仰いだ時間は、確かに私の中に存在している。それは空想でありながら、リアルな感情と記憶として心に刻まれている。
ココ島という場所の持つ力は、実際にそこを訪れたことのない人の心にも届く。なぜなら、人間の心の奧底には、手つかずの自然への憧れや、生命の神秘への畏敬の念が眠っているからだ。この物語を読む過程で、読み手もまた、ココ島の住人となり、太平洋の青い海で生命の輝きを目撃したのではないだろうか。
現実の世界では、ココ島への旅は容易ではない。厳格な許可制度と高額な費用、そして長時間の船旅など、多くの制約がある。しかし、想像の翼を広げれば、私たちは今すぐにでもあの島に降り立つことができる。そして、そこで得られる感動や気づきは、決して現実に劣るものではない。
この「空想旅行」が、読む人の心に小さな冒険の種を蒔き、自然への敬愛や地球環境への関心を育むきっかけとなれば幸いである。私たちは皆、地球という美しい惑星の住人であり、ココ島のような場所が存在することの奇跡を、もっと深く感謝すべきなのかもしれない。
太平洋に浮かぶ小さな島での3日間は終わった。しかし、その記憶は永遠に私の心の中で生き続ける。そして時々、日常の喧騒に疲れた時、私は心の中でココ島に帰るだろう。あの透明な海と、生命に満ちた森と、満天の星空の下で。

