ラ・プラタ川が運んできた時の欠片
ウルグアイの南西端に位置するコロニア・デル・サクラメントは、ラ・プラタ川の対岸にブエノスアイレスの灯りを望む小さな古都である。1680年にポルトガル人によって築かれたこの街は、その後スペインとの間で幾度となく領有権が移り変わり、石畳の路地や古い建物にはその複雑な歴史が静かに刻まれている。
世界遺産に登録された旧市街は、まるで時が止まったかのような佇まいを見せる。コロニアル建築の家々は薄紅色や淡い黄色、青に塗られ、ブーゲンビリアの花が壁を彩る。石畳の道は不規則に敷かれ、雨上がりには水たまりが空を映し、歩く人の足音を優しく響かせる。街の向こうには広大なラ・プラタ川が広がり、夕暮れには川面が金色に染まって、この土地が持つ独特の郷愁を誘う。
人々は穏やかで、時間はゆったりと流れる。アルゼンチンからフェリーで1時間足らずの距離にありながら、コロニアは都市の喧騒とは対極にある静寂さを保っている。マテ茶を片手に川岸を散歩する人、広場のベンチで新聞を読む老人、石段に腰掛けて談笑する友人たち。そんな日常の断片が、訪れる者の心に深い安らぎをもたらしてくれる。

1日目: 石畳に響く足音と、川風に包まれた夕暮れ
朝8時、ブエノスアイレスのプエルト・マデロからSeacat社のフェリーに乗った。ラ・プラタ川は思っていたよりも広く、まるで海のように水平線まで続いている。川というよりも巨大な河口湾といった方が適切かもしれない。茶色がかった水面を眺めながら、船室でコルタード (エスプレッソにミルクを少量加えたもの) を飲んでいると、約1時間でコロニアの港が見えてきた。
港に降り立つと、すぐにこの街の特別な空気を感じた。ブエノスアイレスの都市的な喧騒はここにはなく、代わりに穏やかな海風と、どこか懐かしい静寂が迎えてくれる。タクシーで旧市街へ向かう短い道のりでも、街の規模の小ささと、建物の美しさが印象的だった。
宿泊先は旧市街の中心部にある小さなブティックホテル「ポサダ・プラザ・マヨール」。18世紀の建物を改装したこのホテルは、石の壁と木の梁がむき出しになった客室で、窓からは石畳の小さな広場が見える。荷物を置いて、さっそく街歩きに出かけた。
午前中は旧市街をゆっくりと歩いた。まず向かったのは「ポルトン・デ・カンポ」という、かつて城壁の一部だった石造りの門。ここが旧市街の入り口で、この門をくぐると、まさに別世界が広がっている。石畳の道「カジェ・デ・ロス・スルピレス」は、両側にコロニアル様式の家が立ち並び、薄紅色や淡い青に塗られた壁が美しい。
特に印象的だったのは「ポルトガル博物館」周辺の一角だった。ここは17世紀のポルトガル統治時代の建物がそのまま残されていて、厚い石の壁と小さな窓が、当時の人々の暮らしを想像させる。博物館の展示室では、植民地時代の家具や陶器、古い地図などが展示されていて、この街がラ・プラタ川流域の重要な拠点だったことがよくわかった。
昼食は広場に面した小さなレストラン「エル・ビストロ」で取った。ウルグアイ名物のアサード (炭火焼肉) を注文すると、柔らかい牛肉が香ばしい炭の香りとともに運ばれてきた。付け合わせのエンサラーダ・ルサ (ロシアンサラダ) とパパス・ブラーバス (スパイシーポテト) も素朴で美味しい。地桶ワインのタナを合わせると、ウルグアイの豊かな土壌が育んだ深い味わいが口の中に広がった。
午後は川沿いの遊歩道「ランブラ」を歩いた。ここからはラ・プラタ川の対岸にブエノスアイレスの高層ビル群がかすかに見える。川沿いには古い灯台「ファロ・デ・コロニア」が立っていて、この白い円筒形の建物は街のシンボルの一つになっている。灯台に登ると、旧市街の赤い屋根瓦が美しいパッチワークのように見え、その向こうに広がる川面が無限に続いているように感じられた。
夕方、再び旧市街に戻って、「プラサ・マヨール」という小さな広場でベンチに座った。ここは街の中心部で、周りには古い教会やカフェが立ち並んでいる。地元の人々がマテ茶を飲みながら談笑している姿を眺めていると、時間がゆっくりと流れているのを実感する。一人の老人が私の隣に座って、スペイン語で話しかけてきた。彼の名前はカルロスで、この街で生まれ育った人だった。拙いスペイン語で会話を交わしていると、彼はこの街の魅力について語ってくれた。「コロニアは小さな街だが、心が大きくなる場所だ」という彼の言葉が印象的だった。
夜は、川沿いのレストラン「ラ・コスタ」で夕食を取った。地元で取れた川魚のドラード (金目鯛の一種) をグリルしたものを注文すると、シンプルながらも魚本来の甘みが感じられる素晴らしい料理だった。デザートのドゥルセ・デ・レチェ (ミルクキャラメル) のアイスクリームは、ウルグアイの酪農の豊かさを物語る濃厚な味わいだった。
食事の後、夜の旧市街を散歩した。街灯に照らされた石畳と古い建物は、昼間とはまた違った表情を見せる。特に「カジェ・デ・ロス・スルピレス」は、薄暗い灯りが神秘的な雰囲気を醸し出していて、まるで18世紀にタイムスリップしたような感覚になった。遠くから聞こえるタンゴの音色が夜風に乗って届き、この街の持つロマンティックな魅力を感じながら、ホテルに戻った。
2日目: 朝霧に包まれた川と、陽だまりの中の人々
朝6時頃、窓の外から聞こえる鳥の声で目が覚めた。カーテンを開けると、石畳の広場が朝の柔らかい光に包まれている。早起きして川沿いの散歩に出かけることにした。
朝のランブラは静かで、ジョギングをする人や犬の散歩をする人がぽつりぽつりといるだけだった。ラ・プラタ川には薄い霧がかかっていて、対岸のブエノスアイレスは霞んで見える。この時間帯の川は特に美しく、水面が鏡のように空を映し、時折飛び交う水鳥が波紋を作っている。川沿いのベンチに座って、この静寂な風景をしばらく眺めていた。
朝食はホテル近くの老舗カフェ「ラ・アミスタ」で取った。ここは1920年代から続く家族経営のカフェで、店内には古い写真や絵画が飾られている。メディアルナ (クロワッサン) とカフェ・コン・レチェを注文すると、香ばしいバターの香りと豊かなミルクの風味が朝の始まりを優雅に演出してくれた。店主のマリアさんは気さくな女性で、この街の歴史や見どころについて詳しく教えてくれた。
午前中は、旧市街の東側にある「バストン・デル・スル」地区を探索した。ここは観光客があまり訪れないエリアで、より地元の人々の生活を垣間見ることができる。石畳の細い路地には洗濯物が干され、小さな商店や工房が軒を連ねている。革細工職人のペドロさんの工房では、手作りの財布やベルトを作る様子を見学させてもらった。彼の手で丁寧に作られる革製品は、使い込むほどに味が出る素晴らしいものだった。
昼食は地元の人で賑わう「パリリャーダ・ラ・ルエダ」で取った。ここではウルグアイの伝統的な料理「チビート」を味わった。チビートは薄切りの牛肉にレタス、トマト、卵、チーズなどを挟んだサンドイッチで、ボリューム満点だが意外にあっさりとしている。地元産のビール「パトリシア」と一緒にいただくと、シンプルながらも満足感のある食事になった。
午後は少し足を延ばして、旧市街から3キロほど離れた「エル・レアル・デ・サン・カルロス」地区を訪れた。ここは20世紀初頭に建設されたリゾート地の遺跡で、今では廃墟となったホテルや闘牛場が残っている。特に印象的だったのは、1910年に建設された「ホテル・カジノ」の廃墟だった。かつては南米有数のリゾートホテルとして栄華を誇ったこの建物は、今では蔦に覆われ、窓からは緑が顔を覗かせている。廃墟の美しさと、栄枯盛衰の物語が交錯する場所で、時間の流れについて考えさせられた。
夕方、旧市街に戻って「プラサ・デ・アルマス」という小さな広場を訪れた。ここには18世紀に建てられた「マトリス教会」があり、白い壁と青い扉が印象的な建物だった。教会の内部は質素だが、木彫りの祭壇が美しく、静寂な空間が心を落ち着かせてくれる。夕日が差し込む窓から光の筋が見え、神聖な雰囲気に包まれた。
教会の前では地元のアーティストが絵を描いていた。彼の名前はディエゴで、コロニアの風景を水彩画で描く画家だった。彼の作品は繊細なタッチで街の美しさを表現していて、特に夕暮れ時の石畳を描いた作品が印象的だった。小さな絵を一枚購入すると、彼は嬉しそうに笑って、「これがあなたのコロニアの思い出になりますように」と言ってくれた。
夜は、旧市街の中でも特に雰囲気の良い「ラ・フロリダ」というレストランで夕食を取った。ここは古い邸宅を改装したレストランで、中庭にテーブルが並べられている。星空の下で食べるウルグアイ風のパエリア「アロス・コン・マリスコス」は、地元産の魚介類がふんだんに使われていて、海の香りが口いっぱいに広がった。食後のコニャックを飲みながら、中庭で他の宿泊客と会話を楽しんだ。アルゼンチンから来た老夫婦、フランスから来た若いカップル、そして地元ウルグアイの家族。国籍や年齢を超えて、コロニアの魅力について語り合う時間は、旅の醍醐味の一つだった。
3日目: 別れの朝と、心に残る川面の光
最終日の朝は、少し早めに起きてもう一度川沿いを歩いた。昨日とは違って今朝は快晴で、ラ・プラタ川が青く輝いている。灯台の周りには地元の釣り人たちが糸を垂らしていて、のんびりとした朝の時間を過ごしている。一人の釣り人のフアンさんと話をしていると、彼は川の魚について詳しく教えてくれた。この川にはドラード、スルビ、パクーなど様々な魚が生息していて、季節によって釣れる魚も変わるのだそうだ。
朝食は昨日と同じカフェ「ラ・アミスタ」で取った。今度はトスターダ (厚切りトースト) にメルメラーダ・デ・ドゥラスノ (桃のジャム) を塗ったものと、新鮮なオレンジジュースを注文した。ウルグアイの桃のジャムは甘さが控えめで、果実の自然な甘みが感じられる。マリアさんは「また必ず戻ってきてね」と言って温かく見送ってくれた。
午前中は、まだ訪れていなかった「カサ・ナカリエーリョ」という博物館を見学した。ここは19世紀のウルグアイの政治家フルクンド・ナカリエーリョの邸宅を博物館にしたもので、当時の上流階級の生活様式を知ることができる。特に印象的だったのは、美しいタイル張りの床と、ヨーロッパから輸入されたという家具の数々だった。また、庭園も見事で、ジャスミンやバラが咲き誇り、小さな噴水が静かに水音を立てている。
その後、旧市街の土産物店をいくつか回った。手作りの陶器、革製品、ウールのセーター、そして地元産のワインなど、ウルグアイらしい品物が並んでいる。特に気に入ったのは、地元の陶芸家が作った小さな花瓶で、コロニアの石畳をイメージしたという不規則な模様が美しかった。
昼食は、川沿いの「レストラン・エル・ファロ」で最後のウルグアイ料理を味わった。ここでは「コルデーロ・アル・アサドール」 (子羊のスピット焼き) を注文した。炭火でじっくりと焼かれた子羊肉は驚くほど柔らかく、ローズマリーとガーリックの香りが食欲をそそる。付け合わせの「プレー・ア・ラ・プロヴェンサル」 (ニンニクとパセリで味付けしたポテト) も絶品だった。最後にウルグアイの代表的なデザート「チャハー」 (カスタードプリン) をいただくと、旅の締めくくりにふさわしい優しい甘さが心を満たしてくれた。
午後は、荷物をまとめてホテルをチェックアウトした後、フェリーの時間まで最後の散歩を楽しんだ。もう一度「カジェ・デ・ロス・スルピレス」を歩き、石畳の感触を足で確かめながら、この3日間の思い出を振り返った。角を曲がるたびに現れる美しい建物、窓辺に飾られた花々、石壁に描かれた影の模様。すべてが記憶に刻まれていく。
港に向かう途中、昨日出会った画家のディエゴさんに偶然再会した。彼は新しい作品を描いていて、今度は灯台と川を描いた風景画だった。「コロニアはいつでもあなたを待っています」という彼の言葉が、別れの寂しさを和らげてくれた。
午後4時、フェリーに乗り込んだ。デッキから見るコロニアの街並みは、まるで絵葉書のように美しく、特に旧市街の赤い屋根瓦が夕日に照らされて輝いている。灯台も小さくなっていき、やがて水平線に溶け込んでいった。船が川の中央を過ぎる頃、振り返るとコロニアはもう小さな点になっていたが、その美しい記憶は心の中にしっかりと残っている。
ブエノスアイレスに近づくにつれて、都市の喧騒が戻ってくることを感じたが、コロニアで過ごした静かで穏やかな時間は、きっと長い間心の奥に残り続けるだろう。船室でコーヒーを飲みながら、購入した小さな絵を眺めていると、まるでまだあの石畳の上にいるような感覚になった。
最後に: 空想でありながら確かに感じられたこと
コロニア・デル・サクラメントでの2泊3日は、時間がゆっくりと流れる貴重な体験だった。現代の忙しい生活の中で忘れがちな、シンプルな美しさや人との温かいふれあい、そして自分自身と向き合う静かな時間の大切さを思い出させてくれた。
石畳の路地を歩くたびに、この街が持つ歴史の重みと、それでいて決して重苦しくない軽やかさを感じた。ポルトガルとスペインの文化が混じり合い、ウルグアイ独自の文化として昇華されたこの街は、南米の小さな宝石のような存在だった。
特に印象に残っているのは、人々の温かさだった。マリアさん、カルロスさん、ペドロさん、ディエゴさん、フアンさん。それぞれの人との出会いが、この旅を特別なものにしてくれた。言葉の壁を超えて心を通わせることができたのは、コロニアという街が持つ包容力のおかげかもしれない。
ラ・プラタ川の広大さも忘れられない。川というよりも海のような雄大さを持つこの水域は、コロニアの人々にとって生活の一部であり、同時に無限の可能性を感じさせる存在でもあった。朝霧に包まれた川面、夕日に染まる水平線、星空を映す夜の水面。それぞれが違った表情を見せ、見る者の心を豊かにしてくれる。
料理についても、素材の良さを活かしたシンプルで滋味深い味わいが印象的だった。アサード、ドラード、チビート、コルデーロ。どの料理も土地の恵みを感じさせ、作り手の愛情が込められていた。特に地元のタナワインは、ウルグアイの豊かな土壌と気候が生み出した傑作だった。
この旅は架空のものでありながら、まるで実際にその場所を訪れ、その空気を吸い、その土を踏んだかのような鮮明な記憶として心に残っている。それは恐らく、コロニア・デル・サクラメントという街が持つ普遍的な美しさと、人間の心に響く何かがあるからだろう。石畳の音、川風の香り、人々の笑顔、夕日の色。それらすべてが組み合わさって、空想でありながら確かにあったように感じられる旅となった。
いつかまた、本当にこの街を訪れる日が来ることを願いながら、コロニアでの3日間の記憶を大切に心の奥にしまっておこう。そして時々その記憶を取り出して、あの静かで美しい時間を思い出すのだ。

