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  1. たび幻記/

断崖と灯台の静かな島 ― イギリス・ポートランド島空想旅行記

空想旅行 ヨーロッパ イギリス
目次

はじめに: 石と風の半島

AIが考えた旅行記です。小説としてお楽しみください。

ポートランド島は、厳密には島ではない。ドーセット州の海岸から細い砂洲で繋がった石灰岩の半島だ。この奇妙な地形が生み出す独特の風景に、私は以前から心を奪われていた。

この土地の名を世界に知らしめたのは、何といってもポートランド・ストーンだろう。セント・ポール大聖堂やバッキンガム宮殿にも使われた、美しい白い石灰岩。採石場の跡地が点在する荒涼とした台地は、まるで月世界のような異質な美しさを湛えている。

そして海。イギリス海峡の荒波が打ち寄せる断崖絶壁と、チェジル・ビーチの穏やかな小石の浜。対照的な二つの海岸線が、この小さな半島に劇的な表情を与えている。

人口わずか1万3千人ほどのこの土地には、古い監獄の歴史もある。かつて重罪者たちが収容されていたポートランド監獄の威容は、今でも島の北端に佇んでいる。重い歴史を背負いながらも、現在は静かな漁村として、そして独特の風景を求める旅人たちの隠れた目的地として息づいている。

2泊3日という短い滞在で、この土地の本質にどれだけ触れることができるだろうか。そんな期待と不安を胸に、私は秋の終わりのポートランド島へと向かった。

1日目: 石切場跡に宿る時間の重み

ウェイマス駅からバスに揺られること約20分、チェジル・ビーチの長い砂洲を渡り、ポートランド島に足を踏み入れた時、まず感じたのは風の強さだった。11月の海風は容赦なく頬を打ち、髪を激しく乱した。バス停でマフラーを巻き直しながら、この土地の厳しさを早くも実感する。

午前中は島の中心部、トップヒルへ向かった。かつての採石場跡地に作られたスカルプチャー・パークは、自然と人工の境界を曖昧にする不思議な空間だった。巨大な石のブロックが無造作に転がる中を歩いていると、これが人の手によるものなのか、自然の造形なのか分からなくなってくる。

現代アート作品が点在する中で、特に印象深かったのは、採石場の底に設けられた小さな湖だった。雨水が溜まってできた人工の池は、石灰岩の白い壁に囲まれて、まるで秘密の聖域のような静寂を湛えていた。水面に映る雲の流れを眺めながら、時間の感覚が曖昧になっていく。

昼食は島唯一のパブ、「The Pulpit Inn」で取った。19世紀の建物を改装した店内は、厚い石の壁と低い天井が重厚な雰囲気を醸し出している。注文したのは、地元で水揚げされたばかりのコッドのフィッシュ・アンド・チップス。新鮮な白身魚の淡白な味わいと、外はカリッと中はふんわりとした衣の食感が絶妙だった。付け合わせのマッシーピーズ (潰したグリーンピース) の優しい甘さが、塩気の効いた魚と良い対比を作っている。

地元の老人がひとり、カウンターでビターを飲みながら新聞を読んでいた。時折、窓の外を眺めては何かを呟いている。私も同じように窓の外を見ると、採石場のクレーンが風に揺れているのが見えた。現役で稼働している採石場も、この島にはまだ残っているのだ。

午後は島の南端、ポートランド・ビルへと向かった。1906年に建てられた赤と白の縞模様の灯台は、ポートランド島のシンボル的存在だ。灯台へ続く道は整備されているものの、強風のため歩くのに苦労した。

灯台の展望台から見下ろす景色は圧巻だった。足元に広がるのは、「デッドマンズ・ベイ」と呼ばれる入り江。不吉な名前とは裏腹に、透明度の高い海水が美しいターコイズブルーに輝いている。反対側を見ると、チェジル・ビーチの18キロにも及ぶ小石の海岸が、まるで巨大な白い腕のように本土へと伸びている。

夕方、宿泊先のB&B「Harbour View House」にチェックイン。19世紀の船長の邸宅を改装した建物は、厚い石壁と小さな窓が特徴的だ。部屋は決して広くないが、海を見下ろす窓からの眺めが素晴らしい。特に夕暮れ時の海の色の変化は見事で、オレンジから紫、そして深い藍色へと移ろいゆく様子をベッドに腰掛けながら眺めていた。

夜は再び「The Pulpit Inn」へ。今度は地元の漁師たちで賑わっていた。彼らの会話は島の方言が混じり、全てを理解することはできなかったが、海の話、天気の話、昔の採石場の話など、この土地ならではの話題に花が咲いていた。

私は地元のエール「Dorset Gold」を飲みながら、シェパーズパイを味わった。羊肉のミンチをじっくり煮込み、上にマッシュポテトを載せて焼いた素朴な料理は、体の芯から温まる優しい味だった。特に、ローズマリーとタイムが効いた羊肉の深い旨味と、バターをたっぷり使ったポテトのなめらかさが印象的だった。

宿に戻ると、オーナーのミセス・ハリスが温かい紅茶を淹れてくれた。彼女の祖父は採石場で働いていたという。「この島の石は世界中に運ばれていったのよ。ロンドンの建物の多くに、この島の石が使われているの」と誇らしげに語る彼女の言葉から、島の人々の石への愛着が伝わってきた。

部屋の窓から見える夜の海は、月明かりに照らされて銀色に光っていた。遠くで灯台の光が規則正しく明滅を繰り返している。風の音と波の音が混じり合った自然の子守唄に包まれながら、この島での最初の夜は更けていった。

2日目: 海と石灰岩が織りなす自然の芸術

朝は早く目が覚めた。窓の外では、カモメたちが鳴き交わしながら海上を舞っている。B&Bの朝食は、典型的なイングリッシュ・ブレックファスト。厚切りベーコン、目玉焼き、焼きトマト、ベイクドビーンズ、そして黒プディング。どれも丁寧に調理されており、特に地元の卵を使った目玉焼きは、黄身の濃厚さが印象的だった。ミセス・ハリス手作りのマーマレードを塗ったトーストと一緒に、コクのあるイングリッシュ・ブレックファスト・ティーをいただく贅沢な朝のひととき。

午前中は、島の東海岸を歩くことにした。ここは観光客もほとんど訪れない、地元の人だけが知る静かな海岸線だ。石灰岩の崖が海へと切り立つ様子は迫力があり、波が岩に砕ける音が響いている。

途中、小さな入り江で化石を探している地元の少年に出会った。ポートランド島の石灰岩は、ジュラ紀から白亜紀にかけての地層で、アンモナイトなどの化石が豊富に見つかることで知られている。少年は手のひらほどの美しいアンモナイトを見つけて、目を輝かせながら見せてくれた。1億年以上前の生物の遺骸が、こうして現在の私たちの目の前に現れる神秘。時間の流れの壮大さを改めて感じる瞬間だった。

昼食は「Cove House Inn」で。崖の上に建つこの小さなレストランからは、チェジル・ビーチとウェイマス湾が一望できる。注文したのは地元名物のポートランド・クラブケーキ。新鮮なカニ肉をパン粉と卵でまとめ、軽く焼いた一品は、カニの甘味が口いっぱいに広がる絶品だった。レモンを絞り、タルタルソースを少しつけて食べると、海の恵みを存分に味わうことができる。

窓の外では、釣り人たちが海岸で竿を垂らしている。彼らの静かな姿は、この島の穏やかな時間の流れを象徴しているようだった。

午後は、島の北部にある「Church Ope Cove」へ向かった。ここは小さな砂利の入り江で、かつては密輸業者たちが利用していたという歴史がある。今では静かな海水浴場として知られているが、11月の海は当然泳げる温度ではない。それでも、透明度の高い海水と白い石灰岩の崖のコントラストは美しく、しばらく海辺に座って波の音に耳を傾けていた。

入り江の奥には、セント・アンドリュー教会の廃墟がある。15世紀に建てられたこの教会は、19世紀に廃墟となったが、石造りの壁の一部と美しいアーチが今でも残っている。廃墟の隙間から見える海の青さが、まるで額縁に収められた絵画のように美しい。

教会の近くには古い墓地もあり、風化した墓石に刻まれた文字を読みながら歩いていると、この土地に生きた人々の歴史を感じることができる。特に印象深かったのは、19世紀の採石場労働者の墓石。短い人生を物語る年月日が、この土地の厳しい労働環境を静かに語っている。

夕方は、島の西海岸へ夕日を見に出かけた。「West Weares」と呼ばれるこの一帯は、石灰岩の白い崖が夕日に染まって、金色に輝く絶景スポットだ。崖の上に立つと、足元には荒々しい波が打ち寄せ、水平線の彼方には何もない大西洋が広がっている。

日が沈み始めると、空が徐々にオレンジ色に染まっていく。雲がちぎれて流れ、光と影が刻々と変化する様子は、まさに自然が織りなす芸術作品だった。太陽が水平線に沈む瞬間、一瞬だけ緑色の光が見えたような気がした。「グリーンフラッシュ」と呼ばれる現象だろうか。確証はないが、この美しい夕暮れを彩る特別な瞬間として記憶に刻まれた。

夜は宿の近くにある小さなフィッシュ・アンド・チップスの店「Portland Fish Bar」へ。地元の人々に愛される小さな店で、新鮮なハドックのフィッシュ・アンド・チップスを持ち帰りで購入。宿の部屋で海を眺めながらいただく夕食は、レストランでの食事とはまた違った味わいがあった。

ミセス・ハリスが持ってきてくれた夜のお茶は、地元で採れるハーブを混ぜたブレンドティー。ほのかに海の香りがするような気がする不思議なお茶だった。「島の植物は海風を受けて育つから、どこか塩っぽい味がするのよ」という彼女の説明に納得しながら、温かいお茶で体を温めた。

その夜は、窓から見える灯台の光を見つめながら、この島で過ごした一日を振り返っていた。化石を見つけた少年の笑顔、廃墟の教会の静寂、夕日に染まる白い崖。一つひとつの記憶が、心の奥深くに刻まれていく。

3日目: 別れの朝と持ち帰る記憶

最後の朝は、どこか寂しさを感じながら目を覚ました。窓の外の海は穏やかで、昨日までの強風も収まっている。まるで別れを惜しむかのような、優しい朝の光が部屋に差し込んでいた。

朝食を取りながら、ミセス・ハリスがこの島の昔話をしてくれた。彼女の祖母は、かつてポートランド監獄で看守として働いていたという。「厳しい場所だったけれど、島の人々は囚人たちにも人間らしい扱いをしようと努力していたのよ」という話が印象的だった。重い歴史を背負いながらも、人間性を失わずに生きてきた島の人々の強さを感じる。

チェックアウト前に、最後に島の北端にあるポートランド監獄の跡地を訪れることにした。現在は様々な施設に転用されているが、厚い石壁と高い塔は今でも威圧的な存在感を放っている。中庭の一部は一般に開放されており、かつて囚人たちが歩いた石畳を踏みしめながら歩いていると、この場所に刻まれた人間ドラマの重さを感じずにはいられない。

監獄の敷地内にある小さなミュージアムでは、島の採石業と監獄の歴史を学ぶことができた。19世紀から20世紀初頭にかけて、囚人たちは採石場で過酷な労働を強いられていた。彼らが切り出した石が、ロンドンの美しい建物となって今も残っているという事実は、複雑な感情を呼び起こす。

午前中の最後は、再びポートランド・ビルの灯台を訪れた。昨日とは違って穏やかな天気のため、展望台からの眺めはより鮮明に見えた。チェジル・ビーチの小石が朝日に輝き、本土のドーセットの丘陵地帯が霞んで見える。この島が、決して孤立した存在ではなく、大きな自然の一部であることを改めて実感する。

灯台の売店で、ポートランド・ストーンで作られた小さなペーパーウェイトを購入した。手のひらに収まるその石は、この島の重厚な歴史と美しい自然の象徴のように感じられた。

昼食は再び「The Pulpit Inn」で。最後の食事として選んだのは、地元の羊肉を使ったランカシャー・ホットポット。じっくり煮込まれた羊肉と野菜、上に重ねられた薄切りポテトが絶妙なハーモニーを奏でる心温まる料理だった。この土地ならではの素材の味を存分に楽しみながら、島での時間を名残惜しく過ごした。

隣のテーブルでは、地元の漁師たちが明日の天気について話し合っている。彼らの会話から、この島の人々がいかに自然と密接に関わりながら生活しているかが伝わってくる。都市生活では忘れがちな、自然のリズムに合わせた生き方がここには息づいている。

午後、ウェイマス行きのバスの時間が近づいてきた。宿でミセス・ハリスに別れの挨拶をすると、彼女は手作りのショートブレッドを持たせてくれた。「島の思い出と一緒に」という彼女の優しい言葉が胸に響く。

バス停で待っている間、この2泊3日で出会った人々の顔が浮かんできた。化石を見つけた少年、パブの常連客たち、そしてミセス・ハリス。短い滞在だったが、それぞれが島の一部として、私の記憶の中に深く刻まれている。

バスがチェジル・ビーチを渡る時、振り返って見たポートランド島は、朝の霧の中にぼんやりと浮かんでいた。石灰岩の白い崖と赤い灯台が、最後の別れの挨拶をしているように見える。長い砂洲を渡り終える頃には、島の姿は完全に霞の中に消えていた。

ウェイマス駅のホームで電車を待ちながら、ポケットの中のポートランド・ストーンを握りしめた。この小さな石には、島で過ごした時間のすべてが込められているような気がする。採石場の静寂、海風の冷たさ、夕日の美しさ、人々の温かさ。目を閉じると、まだ波の音と風の音が聞こえてくるようだった。

最後に: 空想でありながら確かに感じられたこと

電車の窓から流れる風景を眺めながら、私はポートランド島での3日間を反芻していた。この旅は確かに空想の産物であり、実際にその土地を歩いたわけではない。しかし、心の中に残る記憶は驚くほど鮮明で、リアルだった。

石切場跡地の静寂、海風の冷たさ、灯台から見下ろした青い海、化石を見つけた少年の笑顔、ミセス・ハリスの温かいもてなし、素朴な料理の味わい。これらの体験は、想像の中で生まれたものでありながら、確かに私の感覚の中に存在している。

旅とは、新しい場所を訪れることだけでなく、そこで感じ、考え、記憶することなのかもしれない。物理的にその場所にいることと、心でその場所を体験することの間に、思っているほど大きな差はないのかもしれない。大切なのは、その土地の歴史と文化、自然と人々に対する敬意と好奇心を持つことなのだろう。

ポートランド島という実在する美しい場所への憧れと敬意を込めて、この空想の旅を記録した。いつか本当にこの島を訪れる日が来れば、きっとこの空想の記憶と現実の体験が重なり合って、より深い感動を与えてくれることだろう。

旅は続く。心の中で、記憶の中で、そして いつかまた、現実の中で。

hoinu
著者
hoinu
旅行、技術、日常の観察を中心に、学びや記録として文章を残しています。日々の気づきや関心ごとを、自分の視点で丁寧に言葉を選びながら綴っています。

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