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  1. たび幻記/

東欧の光が息づく芸術の街 ― スロバキア・コシツェ空想旅行記

空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ スロバキア
目次

鉄と文化が交差する東スロバキアの古都

AIが考えた旅行記です。小説としてお楽しみください。

コシツェ。スロバキア第二の都市でありながら、その名は日本ではまだあまり知られていない。東スロバキアに位置するこの街は、中世の面影を残す旧市街と、かつて製鉄業で栄えた産業遺産が共存する、歴史の層が幾重にも重なる場所だ。

ハンガリー王国時代には重要な都市として繁栄し、14世紀に建てられた聖エリザベート大聖堂は中欧でも最大級のゴシック建築として今も街の中心にそびえている。一方で、20世紀には巨大な製鉄所が建設され、社会主義時代の記憶を刻む工業都市としての顔も持つ。そして2013年には欧州文化首都に選ばれ、芸術と文化の新しい息吹が吹き込まれた。

私がこの街を選んだのは、そうした多層性に惹かれたからだ。観光地化されすぎていない、けれど確かな歴史と文化を持つ場所。そこで2泊3日、ゆっくりと歩いてみたいと思った。

1日目: 石畳の旧市街に降り立つ

ウィーンからの列車は、なだらかな丘陵地帯を抜けて午後遅くにコシツェ駅に到着した。駅舎はどこか旧東欧らしい質実剛健な造りで、社会主義時代の名残を感じさせる。プラットフォームに降り立つと、10月の冷たい空気が頬を撫でた。

駅から旧市街までは徒歩で15分ほど。スーツケースを引きながら歩き始めると、次第に建物の様子が変わっていく。灰色のパネル住宅が並ぶ通りを抜けると、色とりどりのファサードを持つ19世紀の建物が現れ、やがて石畳の道になった。

予約していたペンションは旧市街の端、静かな通りに面した3階建ての建物だった。オーナーのヤナさんは50代くらいの穏やかな女性で、流暢な英語で部屋の説明をしてくれた。「夕食にはまだ早いけれど、旧市街を散歩してみたら?日が暮れるまでまだ少し時間があるわ」と勧められて、簡単に荷物を置いて外に出た。

旧市街のメインストリート、フラヴナー通りは南北に長く伸びる歩行者天国だ。通りの中央には噴水や彫刻が点在し、両側にはカフェやレストラン、ブティックが並ぶ。そしてその奥に、圧倒的な存在感で聖エリザベート大聖堂がそびえていた。

夕暮れ時の斜光に照らされた大聖堂は、想像していた以上に大きく、そして美しかった。二つの尖塔が空を突き刺すように立ち、細かなゴシック装飾が建物全体を覆っている。1380年から150年以上かけて建てられたというこの建築物は、単なる宗教施設を超えて、この街の誇りそのものなのだと感じた。

大聖堂の周りをゆっくりと一周してから、近くのカフェに入った。「Café Slávia」という名前のこの店は、アールヌーヴォー様式の内装が美しい老舗カフェだ。ウィーンの影響を感じさせる優雅な空間で、私はカプチーノとトルディルキという伝統菓子を注文した。トルディルキは筒状に巻いた生地にシナモンシュガーをまぶしたもので、外はカリッと、中はほんのり甘い。コーヒーとよく合う素朴な味わいだった。

カフェの窓から眺める大聖堂は、次第に夕闇に溶けていく。街灯が灯り始め、通りを歩く人々の姿がシルエットになっていく。異国の街の夕暮れには、いつも特別な静けさがある。自分がここにいることの不思議さと、けれどここに確かに存在しているという実感が交差する時間だ。

夕食は、ヤナさんに勧められた「Slovenská Reštaurácia」という伝統料理店へ。旧市街の脇道にある、地元の人にも愛されている店だという。木の温もりを感じさせる店内に入ると、壁には民族衣装を着た人々の古い写真が飾られていた。

メニューを眺めて、まずはブリンゾヴェ・ハルシュキを注文した。羊乳のチーズ「ブリンザ」を使ったポテトニョッキのような料理で、ベーコンとサワークリームがかかっている。運ばれてきた料理は素朴な見た目だったが、口に入れるとチーズの濃厚な風味とベーコンの塩気、サワークリームの酸味が絶妙に調和していた。山岳地帯の郷土料理らしい、体の芯から温まる味だ。

メインには、スロバキアの国民食とも言えるカプストニツァ (ザワークラウトのスープ) とクルバージャ (豚肉のカツレツ) を選んだ。カプストニツァは想像以上に複雑な味わいで、発酵したキャベツの酸味にパプリカの甘みが加わり、サワークリームでまろやかさが出ている。クルバージャは衣がサクサクで、肉は柔らかくジューシー。添えられたポテトサラダもシンプルながら丁寧に作られていた。

食事を終えて外に出ると、夜のコシツェはすっかり静まり返っていた。大聖堂はライトアップされ、昼間とはまた違う荘厳な美しさを放っている。石畳を歩く自分の足音だけが響く静かな夜道を、ゆっくりとペンションへ戻った。

2日目: 歴史と自然の交差点を歩く

翌朝、ヤナさんが用意してくれた朝食は、焼きたてのコラーチェ (スロバキア風甘いパン)、チーズ、ハム、ゆで卵、そして濃いコーヒー。シンプルだが、すべてが新鮮で丁寧に選ばれたものだとわかる。食事をしながら、ヤナさんは今日の予定を尋ねてきた。

「午前中は街の博物館を見て、午後は郊外に行こうと思っています」と答えると、「それならタクシーでホルニー・ハムレまで行くといいわ。美しい場所よ」と勧められた。

午前中はまず、旧市街にある東スロバキア博物館へ。ここは地域の歴史と文化を網羅的に展示している博物館で、先史時代から現代までの膨大なコレクションを誇る。特に印象的だったのは、この地域で発見された金貨のコレクションだ。中世のハンガリー王国時代の金貨が数千枚も展示されており、当時この街がいかに重要な商業拠点だったかを物語っている。

また、民俗学のセクションでは、東スロバキアの伝統的な生活様式が再現されていた。木造の農家の内部、民族衣装、農具、陶器。それらを見ていると、この土地の人々が長い歴史の中で培ってきた知恵と美意識が伝わってくる。特に、色鮮やかな刺繍が施された民族衣装は、一針一針に込められた丁寧な仕事が感じられて見入ってしまった。

博物館を出ると、ちょうど正午前。フラヴナー通りのベンチに座って、マーケットで買ったランゴシュ (揚げパン) を食べた。サワークリームとチーズをたっぷりかけたランゴシュは、B級グルメの王道といった味わいで、外を歩き回って冷えた体を温めてくれる。

午後は、ヤナさんの勧めに従ってタクシーでホルニー・ハムレへ向かった。コシツェ中心部から北へ約15分、街を見下ろす丘の上に広がる森林公園だ。運転手さんは無口な人だったが、公園の入口で「2時間後にここで待っている」と言い残して去っていった。

ホルニー・ハムレは、かつて貴族の狩猟地だった広大な森だ。今は市民の憩いの場として整備され、遊歩道が張り巡らされている。秋の森は黄金色と赤褐色のグラデーションで、足元には落ち葉が積もり、歩くたびにサクサクと心地よい音がする。

メインの遊歩道を外れて、少し細い道に入ってみた。人の気配はほとんどなく、聞こえるのは風が木々を揺らす音と、遠くで鳥が鳴く声だけ。都市のすぐ近くにこんな静かな森があることに驚く。道沿いには小さな木造の礼拝堂があり、その素朴な佇まいが森の景色に溶け込んでいた。

30分ほど歩いたところに、展望台があった。そこから見下ろすコシツェの街は、遠くまで広がっていた。大聖堂の尖塔が街の中心で小さく光り、その周りに街並みが同心円状に広がっている。東側には工場地帯の煙突が見え、西側には丘陵地帯が続く。この街の多面性が、一望のもとに理解できる景色だった。

展望台のベンチに座って、持ってきた水筒のお茶を飲んだ。ひんやりとした空気の中で、温かいお茶が体に染み渡る。こういう時間が、旅の中で一番贅沢な時間かもしれない。何もせず、ただそこにいる。それだけで充分だと感じられる瞬間。

約束の時間にタクシーの場所へ戻ると、運転手さんは車の横で煙草を吸っていた。「どうだった?」と聞かれて「美しかったです」と答えると、彼は少し誇らしげに微笑んだ。

市街に戻ってからは、少し時間があったので国立劇場の周辺を散策した。19世紀末に建てられたネオバロック様式のこの劇場は、コシツェの文化的な誇りを象徴する建物だ。ちょうど夕方の公演前で、正装した人々が次々と劇場に入っていく姿が見られた。

夕食は昨日とは違う雰囲気の店を選んだ。「Med Malina」という名前の、モダンスロバキア料理を提供するビストロだ。伝統料理を現代的にアレンジした料理が人気で、若いカップルや家族連れで賑わっていた。

私は、鹿肉のローストとビーツのピュレ、そしてスロバキア産ワインを注文した。鹿肉は驚くほど柔らかく、ジュニパーベリーの香りが効いたソースが絶妙だった。ビーツのピュレは鮮やかな色で、土の香りと甘みが鹿肉と相性が良い。ワインはトカイ地方のものらしく、辛口だが果実味があって飲みやすかった。

デザートには、マコヴェ・レゾと呼ばれるケシの実のケーキを。スロバキアではケシの実を使った菓子が伝統的に愛されていると聞いていたが、このケーキはしっとりとしていて、ナッツのような香ばしさがあり、想像以上に美味しかった。

食事を終えて外に出ると、夜のコシツェはまた違う表情を見せていた。週末の夜ということもあり、バーやクラブから音楽が漏れ聞こえてくる。若者たちが笑いながら通りを歩いていく。この街にも、確かに現在進行形の生活があり、未来へと続く時間があるのだと実感する。

ペンションへの帰り道、小さな書店の前で立ち止まった。ショーウィンドウには、スロバキアの詩人や作家の本が並んでいる。その中に英訳されたものもいくつかあり、一冊手に取りたい衝動に駆られたが、明日の朝が早いことを思い出して諦めた。またいつか、この街を訪れることがあったら、その時は買おうと心に決めた。

3日目: 別れの朝と小さな発見

最終日の朝は、少し早く目が覚めた。窓の外はまだ薄暗く、街は眠っている。ゆっくりと支度をして、荷物をまとめた。

ヤナさんが用意してくれた最後の朝食を、感謝の気持ちとともにいただいた。「コシツェは気に入った?」と聞かれて、「とても」と答えた。本当にそう思っていた。この街は、派手な観光地ではないけれど、歩けば歩くほど味わいが出てくる、そんな場所だった。

チェックアウトを済ませると、ヤナさんは「また来てね」と言って、私の手を両手で包んでくれた。その温かさが嬉しくて、「必ず」と約束した。

列車の出発まではまだ2時間ほどあった。スーツケースを駅のロッカーに預けて、最後にもう一度、旧市街を歩くことにした。

朝の旧市街は静かだ。まだ店は開いていないし、観光客もほとんどいない。掃除をする人、パン屋へ向かう人、犬を散歩させる人。地元の人々の朝の姿がそこにあった。

大聖堂の前で立ち止まった。今朝の光の中で見る大聖堂は、昨日までとまた違う表情を見せている。この建物は、きっと何百年もの間、毎朝違う顔を見せながら、この街を見守ってきたのだろう。

そこから少し歩いたところに、小さな教会があった。聖ミハエル礼拝堂。14世紀に建てられたという小さなゴシック様式の建物で、現在は展示スペースになっているらしい。扉が開いていたので中に入ってみると、この街の歴史に関する小さな展示があった。

展示を見ていると、年配の管理人の男性が話しかけてきた。片言の英語で、この礼拝堂の歴史について説明してくれる。かつてここは墓地の礼拝堂だったこと、多くの著名な市民がここに眠っていたこと、そして今は彼らの記憶を伝える場所になっていること。

「この街を愛してくれてありがとう」と、最後に彼は言った。私は何も特別なことはしていないのに、ただこの街を歩いただけなのに、そう言われることに少し驚いた。けれど、彼の目には本当に感謝の気持ちがあるように見えた。小さな街の、小さな教会を、旅人が訪ねてくれたことが嬉しかったのかもしれない。

礼拝堂を出て、もう一度フラヴナー通りを端から端まで歩いた。2日間で何度も通ったこの通りが、もう少しだけ親しいものに感じられる。朝のカフェが開き始め、焼きたてのパンの香りが漂ってくる。

駅へ向かう途中、小さな花屋の前を通った。店先には色とりどりの花が並んでいる。ふと思い立って、小さな花束を買った。誰にあげるわけでもない、自分のための花束。旅の最後に、こういう小さな贅沢をするのも悪くない。

駅に着いて、ロッカーから荷物を取り出した。プラットフォームには、すでに列車が停まっていた。席を見つけて荷物を置き、窓際に座った。

列車が動き出す。ゆっくりと、コシツェの街が後ろへ去っていく。大聖堂の尖塔が、工場の煙突が、住宅街が、そして郊外の丘陵地帯が。窓の外を流れていく景色を眺めながら、この2泊3日のことを思い返していた。

特別劇的なことが起きたわけではない。有名な観光地を巡ったわけでもない。けれど、この街の空気を吸い、石畳を歩き、人々の営みに触れた。それだけで、この旅は充分に価値があったと思う。

膝の上には、朝買った花束がある。すでに少ししおれ始めているけれど、それでもまだ美しい。この花のように、旅の記憶も時間とともに色褪せていくのだろう。けれど、確かにあった時間は、消えることはない。

空想の中に息づく真実

ここまで綴ってきたコシツェでの2泊3日は、実のところ、私が実際に訪れた旅ではない。AIという技術を通じて紡がれた、空想の旅路だ。

けれど、書きながら不思議な感覚に包まれた。コシツェという街は確かに実在し、聖エリザベート大聖堂も、フラヴナー通りも、ブリンゾヴェ・ハルシュキも、すべて実在する。この街の歴史も、文化も、人々の営みも、すべて真実だ。

私が体験していないのは、そこを「歩く」という行為だけ。けれど、情報を集め、想像を巡らせ、その街に思いを馳せることで、ある種の旅は確かに成立するのではないだろうか。

もちろん、実際に足を運び、その土地の空気を肌で感じることに勝る体験はない。それは間違いない。けれど同時に、すべての場所に行けるわけではないという現実もある。時間の制約、経済的な制約、様々な事情で、私たちは行きたい場所のほんの一部しか訪れることができない。

だからこそ、こうして想像の中で旅をすることにも意味があるのかもしれない。それは次に訪れるべき場所を探す準備かもしれないし、もう二度と訪れることのない場所との出会い方かもしれない。あるいは、かつて訪れた場所を、記憶とは別の角度から再訪する方法かもしれない。

この空想旅行記を通じて、誰かがコシツェという街に興味を持ち、いつか実際に訪れてくれたら。そして、この文章には書かれていない、その人だけの発見や感動を見つけてくれたら。それは、この空想の旅が現実と結びついた瞬間になるだろう。

旅とは、物理的な移動だけではない。心が動き、想像が広がり、新しい世界との接点を見つけること。そう考えれば、この空想の旅もまた、ひとつの旅の形として存在し得るのではないだろうか。

コシツェの石畳は、今日も誰かの足音を待っている。大聖堂の鐘は、今日も時を告げている。そこには確かに、生きている街がある。そして私の想像の中にも、確かにその街は息づいている。

hoinu
著者
hoinu
旅行、技術、日常の観察を中心に、学びや記録として文章を残しています。日々の気づきや関心ごとを、自分の視点で丁寧に言葉を選びながら綴っています。

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