光と影が交わる街
ロサンゼルス。太平洋に面したこの街は、アメリカ西海岸を代表する都市でありながら、単一の顔を持たない。ハリウッドの看板が象徴する映画産業の華やかさ、ラテンアメリカ文化が色濃く残る活気ある通り、美術館が立ち並ぶ洗練された文化地区、そしてビーチに打ち寄せる穏やかな波。これらすべてが、乾いた空気と強い日差しの下で共存している。
年間を通して温暖な地中海性気候は、冬でも日中は暖かく、朝晩だけ少し冷える程度だ。この気候が、屋外での食事やビーチでの時間を一年中可能にしている。スペイン統治時代の名残を残すミッションスタイルの建築、1920年代のアールデコ建築、そして現代的な高層ビル。時代の層が重なり合うように街は広がっている。
メキシコに近いという地理的条件は、この街にラテン文化を深く根付かせた。スペイン語が英語と同じくらい街に響き、タコスやブリトーは日常の食事として親しまれている。一方で、アジア系移民も多く、コリアタウンやリトル東京では、また異なる文化の香りが漂う。
私が選んだのは、冬の終わりの2泊3日。観光客がやや少なくなるこの時期に、この多層的な街を自分のペースで歩いてみたかった。
1日目: 海風に迎えられて
ロサンゼルス国際空港に降り立ったのは、午前10時過ぎだった。空港の外に出ると、すぐに感じるのは空気の乾燥と、冬でも肌に心地よい陽光だ。レンタカーを借りることも考えたが、今回は公共交通機関とライドシェアを使うことにした。この街を地元の人と同じように移動してみたかった。
まず向かったのは、ベニスビーチ。宿泊先のホテルはダウンタウンに取っていたが、荷物を預けてから、最初に海を見たいと思った。メトロとバスを乗り継いで1時間ほど。車窓から見える景色は、パームツリーが立ち並ぶ通り、カラフルな壁画が描かれた建物、スケートボードを抱えた若者たち。
ベニスビーチに着いたのは正午を少し回った頃だった。ボードウォークに立つと、目の前に太平洋が広がる。波の音、潮の香り、ローラースケートで滑る人たちの笑い声。観光地としての賑わいと、地元の人々の日常が混ざり合った空間がそこにあった。
歩いていると、タコススタンドの前で立ち止まった。小さな屋台のような店で、メニューは手書きのボード。「Fish Tacos」と書かれた文字に惹かれて注文すると、若いラテン系の店主が手際よく調理してくれた。揚げたての白身魚に、キャベツの千切り、クリーミーなソース、そしてライムを絞る。紙に包まれたタコスを持って、ビーチ沿いのベンチに座った。
一口食べると、魚の香ばしさとソースの酸味、キャベツのシャキシャキした食感が口の中で広がった。波を眺めながら食べるタコスは、どこか旅の始まりを象徴しているように感じられた。隣のベンチでは、年配のカップルが静かに海を見つめている。彼らもまた、この景色の一部だった。
午後は、ベニスの運河地区を歩いた。20世紀初頭にイタリアのベニスを模して作られたという運河は、今では静かな住宅地に囲まれている。小さな橋を渡り、運河沿いの小道を進むと、カヤックを漕ぐ人や、テラスで本を読む住人の姿が見えた。観光客も少なく、穏やかな時間が流れている。ここが同じロサンゼルスだとは思えないほど、喧騒から離れた空間だった。
夕方、ホテルに戻るためにバスに乗った。窓の外は、夕陽に染まり始めた街並み。サンセット大通りを西から東へ、ダウンタウンへと向かう。車窓から見える景色は、エリアごとにがらりと変わる。高級ブティックが並ぶウェストハリウッド、ビルボードが立ち並ぶサンセット・ストリップ、そして高層ビルが見えてくるダウンタウン。
ホテルにチェックインを済ませ、少し休んでから夜の街へ出た。ダウンタウンのグランドセントラルマーケットは、1917年に開業した歴史ある市場だ。近年リノベーションされ、伝統的な店と新しい店が共存している。市場の中を歩くと、果物を売る店、肉屋、シーフードの店、そしておしゃれなコーヒースタンドが並んでいる。
夕食は、市場の中にある小さなメキシカンレストランで取った。チキンモレを注文すると、チョコレートとスパイスの複雑なソースがかかった料理が運ばれてきた。最初は意外な組み合わせに思えたが、食べてみると深い味わいに驚いた。ほのかな甘みと辛み、そしてナッツのような香ばしさ。何世代にもわたって受け継がれてきた味なのだと、店主が教えてくれた。
市場を出ると、夜のダウンタウンは昼間とは違う顔を見せていた。ライトアップされたビル、バーから聞こえる音楽、歩道を急ぐ人々。ホテルに戻る道すがら、コンビニで水を買った。レジの店員はアジア系の若い女性で、流暢な英語と韓国語を話していた。この街の多様性を、小さな場面で感じた夜だった。
2日目: 芸術と自然の狭間で
翌朝、ホテルの近くのカフェで朝食を取った。地元の人が通うような小さな店で、コーヒーとアボカドトーストを注文した。カリフォルニア産のアボカドは濃厚でクリーミーで、レモンと塩、オリーブオイルのシンプルな味付けが素材の良さを引き立てていた。店の中では、ラップトップを開いて仕事をする人、新聞を読む老人、ベビーカーを押した若い母親。朝の日常がそこにあった。
午前中に向かったのは、ゲティセンター。サンタモニカ山脈の丘の上に建つこの美術館は、建築そのものが芸術作品だ。丘の麓から専用のトラムで登ると、ロサンゼルスの街が眼下に広がる。白いトラバーチン石で覆われた建物は、リチャード・マイヤーの設計によるもので、光と空間の使い方が見事だった。
館内に入ると、ヨーロッパ絵画のコレクションが並んでいる。レンブラント、モネ、ゴッホ。名画を前に立ち止まる人々は、それぞれの時間を過ごしていた。私が最も長く立ち止まったのは、ゴッホの「アイリス」の前だった。青と緑の色彩が、静かに語りかけてくるようだった。
美術館の庭園も素晴らしかった。幾何学的にデザインされた庭、噴水、そして見晴らしの良いテラス。ベンチに座って、しばらくぼんやりと景色を眺めた。遠くに見える太平洋、その手前に広がる街並み。ここからは、ロサンゼルスの広大さが実感できた。
昼食は、美術館のカフェで軽く済ませた。サラダとスープのセット。窓の外には庭園が見え、静かに食事を楽しむ人々がいた。ここは観光地でありながら、どこか瞑想的な静けさがあった。
午後、ハリウッドへ向かった。メトロのレッドラインで30分ほど。ハリウッド・ハイランド駅で降りると、そこはまさに観光地の中心だった。チャイニーズ・シアターの前には手形や足形が並び、観光客が記念撮影をしている。ハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星型プレートを眺めながら歩く人々。
正直に言えば、ハリウッドの表通りは少し騒がしすぎた。コスチュームを着たキャラクターたちが写真撮影を求め、土産物店が並び、どこか作られた雰囲気が漂っている。しかし、一本裏道に入ると、様子は変わった。地元の書店、小さなカフェ、レコードショップ。観光地の裏に隠れた、本当の街の姿がそこにあった。
ふらりと入ったレコードショップは、壁一面にビニールレコードが並んでいた。店主らしき男性が、カウンターでゆっくりと音楽を聴いている。私はジャズのコーナーを眺め、古いマイルス・デイヴィスのアルバムを手に取った。買うことはしなかったが、こういう店が残っていることに、少しほっとした。
夕暮れ時、グリフィス天文台へ向かった。ライドシェアで丘を登り、到着したのは日没の30分ほど前だった。天文台の前のテラスに立つと、ロサンゼルスの全景が目の前に広がっていた。遠くにはダウンタウンの高層ビル群、右手にはハリウッドサイン、そして眼下には夕陽に照らされた街。
多くの人がこの景色を見に来ていたが、不思議と静かだった。日が沈むにつれて、街の灯りが一つ、また一つと灯り始める。オレンジからピンク、そして紫へと変わっていく空。その下で、巨大な街が呼吸をしているようだった。
天文台の中にも入ってみた。プラネタリウム、展示室、そして巨大な望遠鏡。宇宙の広大さと、地球という惑星の小ささを改めて感じる場所だった。しかし同時に、この小さな惑星の上で、何百万もの人々が生きているこの街の不思議さも感じた。
夜、ダウンタウンに戻り、リトル東京を訪れた。日系アメリカ人の歴史が刻まれたこの地区は、夜でも活気があった。ラーメン店、居酒屋、日本食材店。懐かしさと異国情緒が混ざり合った不思議な空間だった。
小さな居酒屋に入り、カウンター席に座った。店主は日系三世だと言い、流暢な英語と片言の日本語を話した。枝豆とサッポロビールを注文し、カウンター越しに少し話をした。彼の祖父母は戦前にここに移住し、戦中は収容所に送られたという。それでもこの街に戻り、店を続けてきた。その話を聞きながら、私はこの街の歴史の重層性を改めて感じた。
3日目: 波音に別れを告げる
最終日の朝は、ゆっくりと始まった。チェックアウトまで時間があったので、ホテルの近くを散歩した。朝のダウンタウンは、平日ということもあり、通勤する人々で賑わっていた。スーツを着たビジネスマン、制服姿の労働者、バスを待つ学生たち。観光地としてのロサンゼルスではなく、生活の場としての街の顔がそこにあった。
チェックアウトを済ませ、荷物を預けて最後の目的地へ向かった。サンタモニカ。初日に訪れたベニスビーチの北に位置するこの街は、少し落ち着いた雰囲気があると聞いていた。メトロでサンタモニカ駅まで行き、そこから海に向かって歩いた。
サンタモニカ・ピアに着いたのは午前11時頃だった。1909年に建てられたこの桟橋は、古いアミューズメント施設と釣りスポットが共存する場所だ。桟橋の先端まで歩くと、足元には波が打ち寄せ、遠くにマリブの海岸線が見えた。
桟橋の上には小さな遊園地があり、観覧車がゆっくりと回っていた。平日の午前中ということもあり、人はまばらだった。釣り竿を垂らす老人、ベンチで海を眺めるカップル、走り回る子供たち。観光地でありながら、地元の人々の憩いの場でもあることが感じられた。
桟橋を降りて、ビーチを歩いた。砂浜は広く、波は穏やかだった。サーファーたちが波を待ち、ビーチバレーに興じる若者たち、ヨガマットを広げる女性。それぞれが自分の時間を過ごしている。私も靴を脱いで、砂の上を歩いた。冷たい砂の感触、波が足元に届く瞬間の冷たさ。旅の終わりを実感する時間だった。
昼食は、サンタモニカのサードストリート・プロムナードで取ることにした。歩行者天国になったこの通りには、レストランやカフェ、ショップが並んでいる。選んだのは、カリフォルニア料理の小さなビストロだった。
地元産の野菜をふんだんに使ったサラダと、グリルしたサーモン。シンプルな調理法だが、素材の味がしっかりと感じられた。カリフォルニアワインを一杯だけ頼み、ゆっくりと食事を楽しんだ。窓の外を通り過ぎる人々を眺めながら、この3日間のことを思い返していた。
食後、少し街を歩いた。書店に入り、ロサンゼルスの歴史について書かれた本を手に取った。スペイン統治時代から現代まで、この街がどのように変化してきたかが書かれていた。購入はしなかったが、この街の複雑さを少しだけ理解できた気がした。
午後3時過ぎ、ホテルに戻って荷物を受け取り、空港へ向かった。メトロとシャトルバスを乗り継いで1時間ほど。車窓から見える景色は、来た時と同じようでいて、どこか違って見えた。3日間で歩いた道、食べた料理、見た景色、交わした言葉。それらが重なり合って、この街への印象を形作っていた。
空港のゲートで待ちながら、スマートフォンで撮った写真を見返した。ビーチの波、美術館の庭園、夕暮れの街並み、居酒屋のカウンター。それぞれの写真に、その時の空気や音、匂いが蘇ってくるようだった。
搭乗案内が始まり、機内に入った。窓際の席に座り、離陸を待つ。やがて飛行機が動き出し、滑走路を加速し、ふわりと浮いた。眼下には、広大なロサンゼルスの街が広がっていた。太平洋沿いの海岸線、山脈に囲まれた盆地に広がる街、夕陽に照らされたビル群。上空から見ると、この街の巨大さと複雑さが一目でわかった。
空想が残した確かな感覚
飛行機の窓から街が小さくなっていくのを見ながら、私は不思議な感覚に包まれていた。この3日間の旅は、実際には歩いていない道であり、実際には食べていない料理であり、実際には見ていない景色だった。しかし、波の音、タコスの味、美術館の静けさ、夕暮れの空の色は、確かに心の中に残っていた。
ロサンゼルスという街は、一つの顔を持たない。海と山、過去と未来、様々な文化が交わる場所。それは混沌であり、同時に調和でもある。その複雑さこそが、この街の魅力なのかもしれない。
空想の旅であっても、具体的な場所、実在する建物、本物の料理、そして人々の営みを想像することで、旅は確かな手触りを持つようになる。私たちの記憶の中では、実際に訪れた場所と想像の中で訪れた場所の境界は、時に曖昧になる。どちらも、心の中では「経験した」ことになるからだ。
この旅行記は、AIによって生成された空想の記録である。しかし、ここに描かれた街の風景、料理の味、人々の姿は、実在するロサンゼルスの一面を映し出している。いつか本当にこの街を訪れる時、この空想の記憶が、新しい発見への道標になることを願っている。
旅とは、場所を移動することだけではない。心が動くこと、新しい視点を得ること、そして自分自身と向き合うこと。空想の旅であっても、それは可能なのだと、この3日間が教えてくれた。
ロサンゼルスの波音は、今も心の中で響いている。
