メインコンテンツへスキップ
  1. たび幻記/

光と余韻が重なる都 ― フランス・パリ空想旅行記

空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ フランス
目次

光と石の都

AIが考えた旅行記です。小説としてお楽しみください。

パリ。セーヌ川が緩やかに蛇行する盆地に広がるこの都市は、千年以上の時間が層をなして積み重なっている。ローマ時代の遺構の上に中世の教会が建ち、その周りを19世紀の石造りの建物が取り囲む。オスマン男爵による都市改造で生まれた整然とした大通りと、迷路のように入り組んだ路地が共存し、カフェのテラスからは今もかつてのボヘミアンたちと同じ風景が見える。

フランス革命、ベル・エポック、二度の大戦。激動の歴史を経てなお、パリは変わらぬ優雅さを保ち続けている。石畳の道、クリーム色の建物の壁、鉄製のバルコニー。街全体が一つの美術館のようでありながら、そこには確かに人々の生活がある。朝になればパン屋の前に列ができ、夕暮れ時にはカフェが人で溢れる。

この街を2泊3日で巡る。それは表面をなぞるだけかもしれない。けれど、石畳を歩き、パンを齧り、セーヌの水面を眺めるだけで、何か大切なものに触れられる気がした。

1日目: 石畳に足音が響く

シャルル・ド・ゴール空港に着いたのは午前10時過ぎだった。RERのB線に乗り込み、窓の外を流れる郊外の風景を眺めながら、パリの中心部へ向かう。灰色の空、同じような高層住宅、そして次第に低くなる建物。サン・ミシェル=ノートルダム駅で降りると、地上に出た瞬間、湿った空気と石の匂いがした。

11月初旬のパリは肌寒く、薄手のコートを羽織っていても首元が冷える。ホテルはカルチエ・ラタンの狭い通りにあった。18世紀の建物を改装した小さな宿で、受付のマダムは流暢な英語で「部屋の準備ができるのは午後2時」と告げた。荷物を預け、さっそく街に出る。

まず向かったのはノートルダム大聖堂だった。2019年の火災からの修復が続いているとはいえ、セーヌ川に浮かぶシテ島にそびえるゴシック建築の威容は変わらない。工事用の囲いの外から、尖塔のあった場所を見上げる。800年以上前、石工たちはどんな思いでこの石を積み上げたのだろう。

昼食はサン・ルイ島の小さなクレープリーで取った。ガレット・コンプレート——ハム、チーズ、卵が載ったそば粉のクレープ。鉄板で焼かれる生地の香ばしい匂いが店に満ちている。シードルを頼むと、陶器のカップで出てきた。窓際の席から、石畳の道を行き交う人々を眺める。若いカップル、買い物袋を提げた老婦人、観光客の一団。

午後は左岸を歩いた。サン・ジェルマン・デ・プレの教会前を通り、カフェ・ド・フロールの前を素通りする。観光客向けの高い値段に躊躇したのだ。代わりに、一本裏の通りにある名もないカフェに入った。カウンターでエスプレッソを頼み、立ったまま一気に飲む。濃厚な苦味が舌に残る。これがパリの日常なのだと思った。

サン・シュルピス教会まで歩き、その巨大な建物の前で立ち止まる。ドラクロワのフレスコ画を見たかったが、扉は閉まっていた。リュクサンブール公園へ足を向ける。落葉した木々、砂利道、緑色の鉄製の椅子。子どもたちが模型のヨットを池に浮かべて遊んでいる。ベンチに座り、しばらくぼんやりと過ごした。

夕方、ホテルに戻って部屋の鍵を受け取る。狭い螺旋階段を上がった3階の部屋は、天井が低く、窓からは向かいの建物の壁が見えるだけだった。でも清潔で、暖かい。シャワーを浴びて、少し休む。

夜は一人でビストロに入った。カルチエ・ラタンの路地にある、地元の人が通うような店。黒板に手書きのメニューが並ぶ。ブッフ・ブルギニヨン——牛肉の赤ワイン煮込み。付け合わせのジャガイモが柔らかく、肉はほろほろと崩れる。グラスワインを傾けながら、ゆっくりと食べた。隣のテーブルでは、老夫婦が静かに食事をしている。

店を出ると、夜のパリは静かだった。街灯に照らされた石畳が濡れて光っている。いつの間にか小雨が降っていたらしい。コートの襟を立てて、ホテルへの道を歩く。角を曲がるたび、新しい風景が現れる。パン屋のショーウィンドウ、閉まった本屋、カフェの温かい光。

部屋に戻り、窓を少し開ける。冷たい空気と一緒に、遠くから車の音、誰かの笑い声が聞こえてくる。ベッドに横になり、今日一日のことを反芻する。まだパリに着いて12時間も経っていないのに、もう何日もここにいるような気がした。

2日目: 美と日常のあいだで

朝、近くのブーランジュリーでクロワッサンを買った。焼きたてのそれは、手に持つだけでバターの香りがする。パン・オ・ショコラも一つ追加して、紙袋を抱えてカフェへ。エスプレッソを注文し、パンを齧る。外はサクサク、中はしっとり。これ以上の朝食があるだろうか。

午前中はオルセー美術館へ向かった。セーヌ川沿いを歩き、かつて駅だった建物の前に着く。開館直後だったので、比較的空いていた。印象派のコレクションで有名なこの美術館だが、私が最初に向かったのはミレーの「落穂拾い」だった。農民たちの屈んだ姿、地平線の低さ。絵の前で、しばらく動けなくなる。

モネの連作、ルノワールの光、ドガの踊り子たち。一つ一つ、ゆっくりと見て回った。5階の大時計の前に立ち、ガラス越しにモンマルトルの丘を眺める。白いサクレ・クール寺院が、曇り空の下で浮かび上がっている。

昼過ぎ、美術館を出てセーヌ川沿いを歩いた。古本屋の緑色の箱が並ぶブキニスト。古い地図、版画、革装丁の本。店主と目が合うと、軽く会釈された。特に何も買わなかったが、箱の中を覗くだけで楽しい。

昼食はマレ地区まで足を伸ばして、ファラフェルを食べた。ユダヤ人街として知られるロジエ通りには、中東料理の店が並ぶ。揚げたてのひよこ豆のコロッケ、新鮮な野菜、タヒニソース。ピタパンに包まれたそれを頬張りながら歩く。ソースが手に垂れる。おいしくて、幸せだった。

午後はマレ地区を散策した。ヴォージュ広場の回廊をゆっくり歩き、古い貴族の館を眺める。カルナヴァレ博物館でパリの歴史を辿り、小さなギャラリーを覗く。この地区は17世紀の面影を残しながら、現代的なブティックやカフェが共存している。古いものと新しいもの。パリの魅力は、この混在にあるのかもしれない。

疲れた足を休めるために、マレのカフェでタルト・タタンとカフェ・クレームを頼んだ。キャラメリゼされたリンゴの甘さと酸味。カフェ・クレームのクリーミーな優しさ。窓の外を見ると、夕暮れが近づいていた。

夜はモンマルトルへ行くことにした。メトロでアベス駅まで行き、そこから坂を上る。「愛の壁」の前で足を止め、世界中の言語で書かれた「愛してる」の文字を眺める。さらに坂を上り、サクレ・クール寺院の前に着いた時には、すっかり暗くなっていた。

階段に座り、パリの夜景を見下ろす。無数の光が広がり、エッフェル塔が遠くで輝いている。冷たい風が吹き、頬が痛い。でも、ここを動きたくなかった。隣には、同じように夜景を眺める人たちがいる。誰も話さない。ただ、この景色を共有している。

モンマルトルの裏通りを下りながら、小さなビストロを見つけた。地元の人たちで賑わう店。コンフィ・ド・カナール——鴨のコンフィを頼んだ。皮はパリパリ、肉は柔らかく、脂の旨味が口に広がる。グラタン・ドフィノワが付け合わせで、濃厚なクリームとジャガイモの層が完璧だった。

ワインを飲み、ゆっくりと食事を楽しんだ。厨房からは皿のぶつかる音、シェフの声。テーブルでは隣客同士が談笑している。私は一人だったが、孤独ではなかった。この空間に、確かに居場所があった。

メトロでホテルへ戻る。車内で、今日撮った写真を見返す。美術館の絵画、セーヌ川、マレの路地、モンマルトルの夜景。でも、一番記憶に残っているのは、写真に収めなかった瞬間だった。ファラフェルを食べながら歩いた時の満足感、カフェで一息ついた時の安堵、夜景を眺めていた時の静けさ。

3日目: 別れの朝、続く記憶

最終日の朝は早く目が覚めた。パリでの最後の朝。荷物をまとめ、チェックアウトの準備をする。でも、飛行機は夕方なので、まだ時間はある。

同じブーランジュリーで朝食を買い、セーヌ川沿いのベンチで食べた。川面には朝の光が反射している。バトー・ムーシュが静かに通り過ぎる。クロワッサンを齧りながら、この景色を目に焼き付けようとする。

ホテルで荷物を預け、最後の散歩に出た。向かったのはパンテオン。ソルボンヌ大学近くの丘の上に建つ、この新古典主義の建物は、フランスの偉人たちが眠る場所だ。ヴォルテール、ルソー、ユゴー、キュリー夫人。地下の墓所を巡りながら、彼らが生きた時代のパリを想像する。

パンテオンを出て、モンターニュ・サント・ジュヌヴィエーヴの坂を下る。途中、小さな書店に入った。フランス語の本が並ぶ中、英訳された詩集を一冊買った。パリの記念に、言葉を持ち帰りたかった。

昼食は、初日に通りかかったカフェ・ド・フロールで取ることにした。最後だからと自分を許す。クロック・ムッシュとサラダ。観光客向けの値段だが、味は確かだった。隣のテーブルでは、アメリカ人観光客が興奮気味に話している。私も2日前はああだったのだろうか。今はもう少し、この街に馴染んでいる気がした。

午後、ホテルで荷物を受け取り、空港へ向かう前に、もう一度だけセーヌ川沿いを歩いた。ポン・ヌフを渡り、シテ島へ。ノートルダムの前でもう一度立ち止まる。修復が完了したら、また来たい。そう思った。

RERの駅へ向かう途中、小さな花屋の前を通った。店先には色とりどりの花が並び、甘い香りが漂っている。一輪のバラを買おうかと思ったが、空港まで持っていくのは難しい。香りだけを記憶に留めて、先を急ぐ。

電車の中で、窓の外を眺めながら思った。2泊3日。たった3日間。パリのほんの一部しか見ていない。ルーヴルにも行かなかったし、エッフェル塔にも上らなかった。ヴェルサイユにも、ジヴェルニーにも行けなかった。

でも、何かを得た気がする。それは観光名所のリストではない。朝のクロワッサンの香り、カフェのエスプレッソの苦味、石畳を歩く足の感触、セーヌ川の冷たい風、ビストロの温かい空気、モンマルトルから見た夜景。そして、一人で旅をすることの静かな自由。

空港に着き、チェックインを済ませる。搭乗ゲートへ向かう途中、免税店でフランス製の石鹸を買った。ラベンダーの香り。帰国後、これを使うたび、パリを思い出すだろう。

飛行機が離陸し、窓からパリの街が小さくなっていく。セーヌ川の蛇行が見える。あの川沿いを歩いたのだ。あのカフェで朝食を取り、あの美術館で絵を見て、あの坂を上った。地図の上の点が、歩いた道となり、記憶となった。

空想の中の確かさ

この旅は、実際には起こらなかった。キーボードを打つ指が紡いだ、架空の3日間。でも、書きながら感じたのは、これらの場所が確かに存在し、これらの経験が可能であるということだった。

パリの石畳は本当に冷たく、クロワッサンは本当に香ばしく、セーヌ川は今も静かに流れている。誰かが今日も、ノートルダム大聖堂の前に立ち、オルセー美術館で印象派の絵を見つめ、モンマルトルから夜景を眺めているだろう。

空想の旅であっても、その土地の本質に触れることはできる。資料を読み、写真を見て、想像力を働かせる。そうして紡がれた物語は、嘘ではない。それは「可能性」なのだ。いつか実際にその地を訪れた時、この空想が道しるべになるかもしれない。

旅とは、場所を移動することだけではない。心が動き、感じ、記憶することだ。たとえそれが空想の中であっても、確かに何かを経験したのだと思う。パリという街の空気、時間の流れ、人々の営み。

いつか、本当にあの石畳を歩く日が来るだろうか。来ないかもしれない。でも、この空想の旅は、私の中に確かに存在している。それは十分に、価値のあることだと思う。

hoinu
著者
hoinu
旅行、技術、日常の観察を中心に、学びや記録として文章を残しています。日々の気づきや関心ごとを、自分の視点で丁寧に言葉を選びながら綴っています。

関連記事

エメラルドの海に抱かれたコルシカの港町 ― フランス・ポルト・ヴェッキオ空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ フランス
崖の聖地に響く祈りの光 ― フランス・ロカマドゥール空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ フランス
海峡を見守る港町 ― フランス・カレー空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ フランス
光と色彩にあふれる海辺の町 ― フランス・ニース空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ フランス
風車が語る乾いた大地の記憶 ― スペイン・コンスエグラ空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ スペイン
音楽と静寂が響き合う古都 ― ドイツ・ボン空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 西ヨーロッパ ドイツ