はじめに
リスボンから車で北へ約1時間、大西洋に突き出た岬の街ペニシェ。この小さな漁師町は、ポルトガルの西端で荒々しい海風と共に生きてきた。16世紀には要塞が築かれ、長い間この地を守り続けてきた石造りの城壁が、今も静かに海を見つめている。
ペニシェの魅力は、何といってもその素朴さにある。観光地として過度に整備されることなく、漁師たちの日常と、サーフィンを楽しむ若者たちの笑い声が混じり合う。岬を囲む海岸線は変化に富み、波の穏やかな入り江もあれば、大西洋の荒波が打ち寄せる断崖絶壁もある。そして、この地で獲れる新鮮な魚介類は、シンプルな調理法でその美味しさを最大限に引き出される。
私がこの街を選んだのは、喧騒から離れ、海と共に静かな時を過ごしたかったからだった。ペニシェは、そんな願いを叶えてくれる場所のように思えた。
1日目: 海風に迎えられて
リスボンのロシオ駅から長距離バスに揺られること約1時間半、ペニシェのバスターミナルに降り立った時、最初に感じたのは海の匂いだった。塩っぽく、どこか生命力に満ちたその香りが、旅の始まりを告げているようで心が躍った。
宿は旧市街の中心部にある小さなペンサォン (民宿) を選んでいた。石畳の細い路地を荷物を引きながら歩いていると、洗濯物が風に揺れるベランダや、陽だまりで昼寝をする猫たちが目に入る。観光客向けに作られた美しさではなく、人々の生活がそのまま風景となっている、そんな街の素顔が嬉しかった。
ペンサォンの女将のマリア・ルイーザさんは、60代くらいの穏やかな女性で、片言の英語と身振り手振りで部屋まで案内してくれた。2階の角部屋からは、街の赤い屋根瓦と、その向こうに広がる青い海が見えた。窓を開けると、海風と共に遠くの波音が聞こえてくる。
荷物を置いて、まずは街を歩いてみることにした。旧市街は思いのほか小さく、15分もあれば端から端まで歩ける。白い壁に青い装飾が施された家々が並び、時折、アズレージョ (ポルトガルの装飾タイル) で美しく飾られた建物に出会う。教会の鐘塔からは、午後3時を告げる鐘の音が響いていた。
昼食は、地元の人で賑わう小さなタスカ (大衆食堂) で取った。メニューには今日獲れた魚の名前が黒板に書かれており、店主のジョアンさんが「今日のロバロ (スズキ) は最高だよ」と笑顔で勧めてくれた。グリルされたロバロは、レモンと粗塩だけのシンプルな味付けだったが、魚本来の甘みと、かすかな磯の香りが口の中に広がって、これまで食べたどの魚料理よりも印象に残った。付け合わせのポテトも、外はカリッと中はほくほくで、海の町の食事の素朴さと豊かさを同時に感じることができた。
午後は、ペニシェ要塞を訪れた。16世紀に建てられたこの要塞は、今は博物館になっており、この地の歴史と海との関わりを学ぶことができる。要塞の城壁に上ると、360度のパノラマが広がった。北側には小さな漁港が見え、色とりどりの漁船が係留されている。南側は断崖絶壁が続き、白い波しぶきが岩肌を叩いている。西側には何も遮るもののない大西洋の水平線が広がっていた。
夕刻になると、要塞の上は夕日を眺める絶好のスポットになった。太陽が水平線に近づくにつれ、空が少しずつオレンジ色に染まっていく。他にも夕日を楽しむ人々がいたが、みな静かに、その美しい光景に見入っていた。太陽が水平線に沈む瞬間、空が一瞬だけ緑色に光る「グリーンフラッシュ」が見えたような気がしたが、それが錯覚だったのか現実だったのかは分からない。ただ、その瞬間の美しさは、確かに心に刻まれた。
夜は、港近くの小さなレストランで夕食を取った。アロス・デ・マリスコス (海鮮リゾット) を注文すると、エビ、ムール貝、アサリがたっぷりと入った香り豊かな一皿が運ばれてきた。サフランの黄色が美しく、一口食べるごとに海の恵みを感じることができた。地元のヴィーニョ・ヴェルデ (微発泡の白ワイン) と一緒に味わうと、その爽やかさが海鮮の旨味を一層引き立てた。
宿に戻る道すがら、街灯に照らされた石畳を歩きながら、この街の夜の静けさに包まれた。遠くから聞こえる波音と、時折通り過ぎる地元の人々の足音だけが、夜の静寂を彩っていた。部屋の窓を開けて眠りについたが、海風と波音が子守唄となって、深い眠りに誘われた。
2日目: 海と大地の恵みを巡る
朝は6時頃、港から響く漁師たちの声で目が覚めた。窓から見下ろすと、夜明けと共に漁から戻ってきた船が、その日の獲物を港で選別している光景が見えた。ペニシェの一日は、海と共に始まるのだと実感した瞬間だった。
ペンサォンの朝食は、マリア・ルイーザさんが手作りしてくれたパステル・デ・ナタ (エッグタルト) とコーヒーのシンプルなものだったが、焼きたてのタルトの香ばしさとカスタードクリームの優しい甘さが、朝の心地よい時間を演出してくれた。彼女は「今日は天気がいいから、イーリャ・ダ・ベルレンガ (ベルレンガ島) に行くといいよ」と教えてくれた。
ベルレンガ島は、ペニシェの西約12キロの海上に浮かぶ小さな島で、夏季のみ観光船が運航している。朝9時の船に乗るため、港へ向かった。船着き場では、既に多くの観光客や地元の人々が船を待っていた。その中には、釣り道具を持った家族連れや、スノーケリング用具を持った若者たちの姿もあった。
船が出航すると、ペニシェの海岸線が徐々に遠ざかっていく。船から見る陸地は、また違った美しさがあった。断崖絶壁の岩肌に打ち寄せる白い波、その上に広がる緑の大地、そして赤い屋根の家々が点在する風景は、まるで絵画のようだった。船は約30分で島に到着した。
ベルレンガ島は、思っていたよりもずっと小さな島だった。島全体が自然保護区に指定されており、手つかずの自然が残されている。島の最高地点には17世紀に建てられた要塞があり、現在は宿泊施設として利用されている。私は島を一周するトレッキングコースを歩くことにした。
岩だらけの遊歩道を歩いていると、様々な海鳥に出会った。カモメやウミウ、そして珍しい海鳥たちが岩場で羽を休めている。島の北側では、海の透明度の高さに驚いた。エメラルドグリーンの海底が手に取るように見え、小さな魚たちが群れをなして泳いでいる。思わず裸足になって海に足を浸すと、その冷たさが夏の暑さを忘れさせてくれた。
島で過ごした約4時間は、あっという間に過ぎていった。帰りの船の中で、島での時間を振り返りながら、自然の中で過ごす時間の貴重さを改めて感じていた。都市生活では忘れがちな、時間の流れる速さや、自然のリズムに身を委ねることの心地よさを思い出させてくれた。
ペニシェに戻ると、もう午後3時を回っていた。昼食を取る前に、地元の市場を覗いてみることにした。小さな市場だったが、その日の朝に獲れた魚や、近郊の農家から運ばれてきた野菜や果物が並んでいた。特に印象に残ったのは、大きなイワシの銀色に光る姿と、真っ赤に熟したトマトの美しさだった。市場のおばあさんが、「このトマトは息子が作ったんだよ」と誇らしげに話してくれた。その笑顔には、この土地で生きることの誇りと喜びが込められているように感じられた。
遅い昼食は、市場近くの小さなレストランで、イワシの炭火焼きを注文した。皮はパリッと香ばしく、中の身はふっくらとしていて、レモンを絞っただけのシンプルな調理法が、イワシ本来の美味しさを最大限に引き出していた。付け合わせのパンと地元産のオリーブも、素材の良さを感じることができた。
午後の遅い時間は、海岸沿いの遊歩道を散歩した。ペニシェの海岸線は多様で、砂浜もあれば岩場もあり、それぞれに異なった美しさがある。特に印象的だったのは、「プライア・ダ・ガマボア」という小さな入り江だった。両側を岩に囲まれた静かな浜辺で、波も穏やかで、まるで隠れ家のような場所だった。そこで約1時間、ただ海を眺めながら過ごした。波が岩にぶつかる音、風が草を揺らす音、遠くから聞こえる鳥の鳴き声だけが、静寂を破っていた。
夕方は、再び要塞の上で夕日を眺めた。昨日とは少し違った雲の形が、空に複雑な模様を作り出していた。太陽が沈む瞬間まで、時間を忘れて見入っていた。同じ場所で同じ夕日を見ているはずなのに、昨日とは全く違った感動があった。自然は毎日、毎瞬間、その表情を変えているのだと実感した。
夜の食事は、地元の人に教えてもらった家族経営の小さなレストランで取った。「カタプラーナ」という伝統的な銅製の鍋で作られた海鮮シチューは、エビ、貝、魚、野菜が絶妙に組み合わされた一品だった。具材それぞれの味が溶け合いながらも、それぞれの個性を失わない、絶妙なバランスの料理だった。店主のカルロスさんは、「この料理は私の祖母から受け継いだレシピなんだ」と話してくれた。料理に込められた歴史と愛情を感じながら、ゆっくりと味わった。
宿に戻る前に、港の周辺を歩いた。夜の港は昼間とは全く違った表情を見せていた。漁船に取り付けられた明かりが水面に反射し、幻想的な光景を作り出していた。明日の漁に備えて網を修繕している漁師の姿も見え、この街の人々の生活のリズムを垣間見ることができた。
3日目: 別れの朝と心に残るもの
最後の朝は、いつもより早く目が覚めた。もうすぐこの街を離れなければならないという思いが、自然と早起きをさせたのかもしれない。窓から見える朝の風景を、記憶に焼き付けるように見つめていた。朝日に照らされた赤い屋根瓦、青い海、白い雲、そのすべてが美しく、愛おしく感じられた。
朝食の後、マリア・ルイーザさんに別れの挨拶をした。彼女は「また来てね」と言って、手作りのマーマレードの小瓶をプレゼントしてくれた。「ペニシェのオレンジで作ったの。家で食べる時に、この街のことを思い出してね」と、優しい笑顔で話してくれた。その温かさに、思わず胸が熱くなった。
バスの時間まで数時間あったので、最後にもう一度街を歩くことにした。2日間で馴染みになった場所を一つ一つ訪れて回った。昨日立ち寄った市場では、いつものようにおばあさんが野菜を売っていた。タスカのジョアンさんは、「もう帰っちゃうのか」と残念そうに言ってくれた。港では、今日も漁師たちが朝の仕事に励んでいた。
最後に、もう一度要塞を訪れた。今度は博物館部分をゆっくりと見学した。ペニシェの歴史、海との関わり、この地で生活してきた人々の物語が、展示品を通して語られていた。特に印象に残ったのは、昔の漁師たちが使っていた道具や、嵐で遭難した船員たちを偲ぶ展示だった。この美しい海は時として厳しい顔を見せることもあり、それでも人々はこの海と共に生き続けてきたのだと知った。
城壁の上から、最後にペニシェの街を見下ろした。小さな街だが、その中に豊かな生活があり、歴史があり、人々の温かさがあった。3日間という短い滞在だったが、この街の人々の生活の一部に触れることができたような気がしていた。
昼食は、初日に訪れたタスカで取った。今度はカルデイラーダという魚のスープを注文した。様々な魚が入った濃厚なスープで、最後の食事にふさわしい、この土地の味が凝縮された一品だった。ジョアンさんは、「今度来る時は、もっと長く滞在しなさい」と言ってくれた。
午後2時のバスでペニシェを離れることになった。バスターミナルまでの道のりを、荷物を引きながらゆっくりと歩いた。3日前に初めて歩いたこの道が、今では馴染み深いものに感じられた。バスが来ると、窓際の席に座って、街が遠ざかっていく様子を見つめていた。
バスがペニシェの街を出ると、車窓から見える風景が徐々に内陸部の景色に変わっていった。最後に見えたのは、大西洋に突き出たペニシェの岬と、その上に立つ要塞だった。あの場所で見た夕日、感じた海風、出会った人々の笑顔が、心の中で再び蘇ってきた。
リスボンに着く頃には、すっかり夕方になっていた。都市の喧騒に包まれると、ペニシェでの静かな時間がより一層貴重に思えた。しかし、不思議と寂しさよりも、充実感の方が大きかった。短い時間だったが、確かにあの街で過ごした時間は、私の心に深く刻まれていた。
最後に
ペニシェでの3日間は、空想の旅であったが、確かにそこにあったように感じられる。マリア・ルイーザさんの温かい笑顔、ジョアンさんのおすすめの魚料理、ベルレンガ島の透明な海、要塞から見た夕日の美しさ、そして街角で出会った人々の優しさ。それらすべてが、記憶の中で生き生きと息づいている。
旅とは、単に場所を移動することではなく、その土地の空気を吸い、人々と出会い、文化に触れることなのだと改めて感じた。ペニシェは観光地として有名ではないかもしれないが、だからこそ見つけることができた宝物があった。素朴で温かい人々、美しい自然、そして時間がゆっくりと流れる平和な日常。
現実の旅ではないけれど、心の中でペニシェを訪れ、そこで過ごした時間は確かに私の一部となった。いつか本当にあの街を訪れる日が来るかもしれない。その時は、この空想の旅で出会った風景や人々を思い出しながら、新たな発見をしたいと思う。
空想でありながら、確かにあったように感じられる旅。それは、旅への憧れと想像力が作り出した、もう一つの現実なのかもしれない。