はじめに: 湖に浮かぶ島の記憶
サモシール島。その名前を口にするだけで、胸の奥に静かな郷愁が湧き上がる。北スマトラ州の高原地帯、標高900メートルの地に広がるトバ湖の中央に浮かぶこの島は、まさに湖上の楽園だった。
トバ湖は約7万4千年前の超巨大噴火によって形成されたカルデラ湖で、その規模は長さ100キロメートル、幅30キロメートルにも及ぶ。世界最大級の火山湖の中心に佇むサモシール島は、まるで大地の記憶を宿した聖なる場所のようだった。この島には古くからバタック族が住み、独自の文化と伝統を守り続けている。彼らの住む伝統家屋は「ルマー・ボロン」と呼ばれ、船を逆さにしたような独特の屋根が特徴的だ。
キリスト教が伝来する前のバタック族はアニミズムを信仰し、祖先崇拝を大切にしてきた。その精神は今でも島の至る所に息づいており、石の遺跡や古い墓地には神聖な空気が漂っている。また、この地域は「バタック文字」という独自の文字を持つことでも知られ、竹に刻まれた呪術書「プスタハ」は今も大切に保存されている。
私がこの島を訪れたのは、そんな古い魂の記憶に触れたいという衝動からだった。現代の喧騒から離れ、湖の静寂と山の緑に包まれながら、時の流れをゆっくりと感じてみたかったのだ。
1日目: 湖上に浮かぶ聖域への扉
メダンから車で約3時間、曲がりくねった山道を抜けて到着したパラパットの港で、私は初めてトバ湖の全貌を目にした。朝の光を受けて銀色に光る湖面は、まるで巨大な鏡のようだった。遠くに見えるサモシール島の稜線は霞んで見え、まさに浮島のような幻想的な佇まいを見せていた。
フェリーに乗り込むと、エンジンの低い音と共に湖上の旅が始まった。約30分の船旅の間、私は甲板に立ち続けた。湖の深い青と空の薄い青が境界線を曖昧にし、まるで雲の上を航行しているような錯覚に陥る。風は涼しく、標高の高さを実感させてくれた。徐々に近づく島の輪郭が鮮明になり、緑豊かな丘陵と小さな集落が見えてくると、胸の奥で何かが静かに震えた。
トゥクトゥクの港に着くと、まず目に飛び込んできたのは色とりどりのバイクタクシーだった。運転手たちは人懐っこい笑顔で「ホラス!」と声をかけてくる。これはバタック語の挨拶で、「元気ですか?」という意味だ。私も「ホラス!」と返すと、彼らの笑顔がさらに広がった。
宿泊先として選んだのは、湖畔に建つ小さなゲストハウスだった。伝統的なバタック建築を模した建物で、高く反り上がった屋根が印象的だ。部屋は簡素だが清潔で、バルコニーからは湖の全景を望むことができた。荷物を置いて一息つくと、もう昼時になっていた。
昼食は宿の食堂で、バタック料理の代表格である「イカン・マス・バカール」を注文した。トバ湖で獲れる淡水魚のマスを香辛料で味付けして炭火で焼いた料理で、身がふっくらとして香ばしい。一緒に出されたのは「ナシ・プティ」という香辛料で炊いた赤いご飯と、「サユール・ウラーム」という野菜スープ。どれも優しい味で、長旅の疲れを癒してくれた。
午後は島の中心部にあるアンバリタ村を訪れた。ここには400年以上前に建てられた石の裁判台と処刑台が残っている。バタック族の古い法廷制度を物語る遺跡で、重罪者はここで裁かれ、有罪となれば石の台の上で処刑されたという。ガイドの老人が淡々と説明する様子からは、単なる観光名所ではない、この土地に刻まれた重い歴史を感じ取ることができた。
村の中を歩いていると、伝統家屋「ルマー・ボロン」が点在しているのが見える。船底を逆さにしたような独特の屋根は、バタック族の船旅の記憶を表しているといわれる。壁には幾何学模様の彫刻が施され、それぞれに意味が込められているという。一軒の家の前で老婆が機を織っていた。彼女は私に気づくと手を止めて微笑み、織物を見せてくれた。「ウロス」と呼ばれる伝統的な織物で、結婚式や儀式で着用される神聖なものだった。複雑な幾何学模様は、宇宙観や祖先への敬意を表現しているのだという。
夕方になると、湖畔に夕日を見に出かけた。サモシール島から見る夕焼けは格別で、湖面に映る太陽が二重の美しさを創り出す。オレンジから深紅へと変化する空の色が、静かな湖面に反射して、まるで世界全体が炎に包まれているようだった。湖畔のベンチに座り、この光景をただ静かに眺めていると、時間の感覚が曖昧になっていく。
夜は宿の食堂で「グライ・カレー」という辛いカレーを食べた。ココナッツミルクベースのマイルドなカレーに、島で獲れた淡水魚が入っている。スパイスの効いた深い味わいで、涼しい夜の空気の中で食べると体が温まった。食後、バルコニーに出てみると、満天の星空が広がっていた。都市部では見ることのできない密度の星々が、湖面にも映り込んで、まるで星の海に浮かんでいるような感覚になった。
2日目: 祖先の魂と自然の恵み
朝は鳥の声で目が覚めた。湖面から立ち上る朝靄が、島全体を幻想的な雰囲気に包んでいる。バルコニーから見える景色は、まるで水墨画のように淡く美しい。朝食は宿の庭で、「ナシ・グデック」というジャックフルーツのカレーとご飯をいただいた。甘みのあるジャックフルーツとスパイスの組み合わせが新鮮で、インドネシアの豊かな食文化を実感した。
午前中は、島の北部にあるシマニンド村を訪れた。ここには200年以上の歴史を持つ王の墓があり、バタック族の王族の霊廟として今も大切に保存されている。石造りの建物は風化しているものの、その威厳は失われていない。墓の周りには大きなフランジパニの木が植えられ、白い花が静かに咲いていた。地元の人によると、この花は死者の魂を慰めるために植えられているのだという。
墓の近くには古い石碑があり、バタック文字で何かが刻まれている。文字は植物のツルのような曲線で構成され、まるで自然そのものが言葉を紡いでいるようだった。村の長老が現れて、石碑の内容を説明してくれた。それは王の功績と、後世への教えを記したものだという。バタック文字は縦に読むのが特徴で、上から下へと視線を移しながら、古の王の言葉に耳を傾けた。
村を後にして、島の中央部にある高台へ向かった。ここからはトバ湖の全景を一望できる。午前中の光を受けた湖面は、エメラルドグリーンとサファイアブルーのグラデーションを描いていた。湖の向こうには本土の山々が連なり、その稜線は雲に溶け込んでいる。風は爽やかで、森の香りと湖の匂いが混じり合っていた。
昼食は高台にある小さな食堂で「アルセック」というバタック族の伝統料理を味わった。豚肉をスパイスとココナッツミルクで煮込んだ料理で、バタック族がキリスト教に改宗した後も受け継がれている味だ。濃厚でありながら優しい味わいで、高原の涼しい空気の中で食べると格別だった。一緒に出された「サンバル・アンダリマン」という地元のスパイスソースは、しびれるような辛さが特徴的で、料理に独特のアクセントを加えていた。
午後は伝統工芸の工房を訪れた。バタック族は古くから木彫りと織物で知られ、この工房では職人たちが昔ながらの技法で作品を作り続けている。木彫り職人のおじいさんは、私が訪れると作業の手を止めて、作品について丁寧に説明してくれた。彼が彫っているのは「ゴルガ」という魔除けの人形で、家の守り神として使われるものだった。一つ一つの線に意味があり、祖先から受け継がれた図案を忠実に再現しているという。
隣の部屋では女性たちが「ウロス」を織っていた。昨日見た織物と同じもので、一枚仕上げるのに数か月かかるという。織り機の前に座る女性たちの手つきは迷いがなく、何世代にもわたって受け継がれた技術の重みを感じさせた。彼女たちは作業をしながら時々バタック語で談笑し、その声が工房に温かい雰囲気を作り出していた。
工房を後にして、島の東岸を歩いた。ここは観光客が少なく、地元の人たちの日常生活を垣間見ることができる。湖岸で漁師が網を繕っていたり、子供たちが水遊びをしていたり、穏やかな島時間が流れていた。一人の漁師と言葉を交わす機会があった。彼は流暢な英語で、トバ湖の魚について教えてくれた。湖には20種類以上の淡水魚が生息し、中でも「イカン・マス」と「イカン・ムジャイル」が主要な漁獲対象だという。
夕方になると、再び湖畔で夕日を待った。昨日とは違う場所から見る夕焼けもまた格別で、島の輪郭が夕日をバックに黒いシルエットとなって浮かび上がる。湖面に映る太陽の道が、金色の橋のように島と対岸を結んでいた。この時間になると、どこからともなく教会の鐘の音が響いてくる。バタック族の多くはキリスト教徒で、夕方の祈りの時間を告げる鐘の音が、湖の静寂に神聖な響きを添えていた。
夜の食事は湖畔のレストランで「イカン・バカール・サンバル・アンダリマン」を注文した。トバ湖の魚を地元のスパイスで焼いた料理で、魚の甘みとスパイスの辛みが絶妙なバランスを保っている。食事をしながら、隣のテーブルの地元の家族と会話する機会があった。彼らは私がサモシール島を気に入っているのを知ると、とても嬉しそうな表情を見せ、明日の朝には村の市場を見学するよう勧めてくれた。
3日目: 別れの朝と永遠の記憶
最後の朝は、地元の人に勧められた村の市場から始まった。早朝の市場は活気に満ちており、島の人々の生活の営みを間近に感じることができた。野菜売りの女性たちは色とりどりの野菜を美しく並べ、魚売りの男性たちは昨夜獲れたばかりの新鮮な魚を氷の上に陳列している。
市場で特に印象的だったのは、香辛料売りの店だった。アンダリマンをはじめとする地元のスパイスが山積みになり、それぞれが独特の香りを放っている。店主の女性は私に様々なスパイスを嗅がせてくれ、それぞれの使い方や効能について教えてくれた。アンダリマンは「バタック・ペッパー」とも呼ばれ、舌がしびれるような独特の辛みを持つことで知られている。彼女はこのスパイスを少し分けてくれ、「家に帰ってもサモシール島の味を思い出して」と笑顔で言った。
市場の隣にある小さな食堂で朝食をとった。「ミー・ゴメ」という麺料理で、米の麺に野菜と肉が入ったシンプルな一品だ。朝の空気の中で食べる温かい麺は、体を優しく温めてくれた。食堂の主人は私が外国人だと分かると、バタック語で「ありがとう」を教えてくれた。「マウラテ・ゴダン」というその言葉を繰り返し練習していると、周りの客たちも微笑みながら手拍子をしてくれた。
午前中の最後に訪れたのは、島の南端にある小さな教会だった。白い壁と赤い屋根の素朴な建物で、中に入ると十字架の下に美しいステンドグラスが輝いていた。教会の中は静寂に包まれ、外の世界とは切り離された神聖な空間だった。祭壇の前で静かに座り、この3日間の体験を心の中で反芻した。
教会を出ると、宿に戻って荷造りをする時間になった。バルコニーから最後にトバ湖を眺めると、午前中の光を受けた湖面が穏やかに波打っていた。この景色を目に焼き付けようと、しばらくの間じっと見つめ続けた。湖の向こうに見える山々の稜線、手前に浮かぶ小さな漁船、そして湖面に映る雲の影。すべてが完璧な調和を保ち、まるで時が止まったような美しさだった。
昼食は宿の食堂で最後のバタック料理を味わった。「ナニウラ」という生魚のサラダで、新鮮な魚にライムやスパイスを混ぜた料理だ。さっぱりとした味わいで、旅の最後にふさわしい軽やかさがあった。食事をしながら、宿の主人と3日間の思い出について語り合った。彼は私がサモシール島の文化に深い興味を示したことを喜び、「また必ず戻ってきてください」と心からの言葉をかけてくれた。
午後、フェリーの時間が近づくと、港へと向かった。バイクタクシーの運転手は行きと同じ人で、私を覚えていてくれた。「サモシール島はどうでしたか?」と英語で尋ね、私が「とても美しかった」と答えると、誇らしげな表情を見せた。港までの道のりで、彼は島の生活について話してくれた。観光業も大切だが、農業と漁業が島の主要産業であり、人々は自然と共に生きているという。
港に着くと、フェリーの汽笛が響いていた。乗船の時が来たのだ。甲板に立ち、徐々に遠ざかるサモシール島を見つめていると、胸の奥に言いようのない感情が湧き上がった。それは単なる別れの寂しさではなく、何か大切なものに触れたという充足感と、またいつか戻ってきたいという強い願いが混じり合った複雑な感情だった。
島の輪郭がぼんやりと霞んで見えなくなるまで、私は甲板に立ち続けた。トバ湖の深い青は変わらず美しく、その水面に映る空の色は時間とともに変化していた。風は涼しく、湖特有の澄んだ空気が頬を撫でていく。
最後に: 空想でありながら確かに感じられたこと
パラパットの港に着き、陸路でメダンへと向かう車中で、私はこの3日間の体験について深く考えていた。サモシール島で出会った人々の温かさ、古い文化の重み、そして自然の雄大さ。それらすべてが心の深いところに刻み込まれているのを感じた。
バタック族の人々が大切にしている「ハモラオン、ハガビオン、ハセンガン」という人生の理念がある。これは「繁栄、知恵、健康」を意味し、人生で最も大切な三つの要素だという。サモシール島で過ごした時間の中で、私はこの理念の深い意味を少しだけ理解できたような気がした。
繁栄とは単なる物質的な豊かさではなく、コミュニティとの調和の中で生きることの豊かさ。知恵とは祖先から受け継がれた文化や伝統を理解し、それを次世代に伝えることの大切さ。そして健康とは、自然と共に生きることで得られる心身の調和。島の人々は、これらを日常の中で自然に実践していた。
トバ湖の静かな水面に映る夕日、アンダリマンの刺激的な香り、バタック文字の神秘的な形、ルマー・ボロンの独特な屋根の曲線。これらすべてが今も鮮明に記憶の中に残っている。そしてそれは、単なる観光体験を超えた、もっと深い何かだった。
私たちは日常の中で多くのことを見過ごしてしまう。けれども、サモシール島のような場所では、時間がゆっくりと流れ、一つ一つの体験に深い意味を見出すことができる。朝の鳥の声、市場での人々の笑顔、教会の静寂、湖面を渡る風の音。それらは皆、生きることの本質的な喜びを思い出させてくれるものだった。
この旅は空想の中の体験だった。しかし、その空想は単なる夢想ではなく、現実に存在する土地の文化や自然、人々の営みに基づいたものだった。だからこそ、それは確かな手応えを持って心に残っている。実際にその土地を踏み、その空気を吸い、その食べ物を味わい、その人々と言葉を交わしたかのような実感がある。
旅の記憶とは不思議なもので、実際に体験したことと想像で補完されたことが混じり合い、やがて一つの物語となる。サモシール島での3日間も、今や私の心の中で確かな記憶として息づいている。それは空想でありながら、確かにそこにあったもの。そして、いつか本当にその島を訪れる日が来たとき、きっと「ああ、ここは知っている場所だ」と感じることだろう。
トバ湖に浮かぶ小さな島、サモシール島。そこは時間がゆっくりと流れ、人々が自然と調和して生きる場所だった。バタック族の古い文化が息づき、湖の静寂が心を癒してくれる島。それは、現代を生きる私たちが忘れかけている大切な何かを思い出させてくれる、魂の故郷のような場所だった。