海峡に息づく静かな街
セベランプライ。この名を聞いて即座にイメージが浮かぶ人は、それほど多くないかもしれない。マレーシア半島の北西部、ペナン島の対岸に位置するこの街は、ペナン州本土側の中心都市でありながら、観光地としての華やかさよりも、人々の暮らしが息づく静けさを持っている。
マレー語で「セベラン」は「向こう側」を、「プライ」は「本土」を意味する。文字通り、この街はペナン島の向こう側、マレー半島側に位置している。かつて錫の積出港として栄えたこの地は、今も港湾都市としての機能を保ちながら、多民族が共生するマレーシアの縮図のような街だ。マレー系、華人系、インド系の人々が暮らし、モスクの礼拝の呼びかけと仏教寺院の読経、ヒンドゥー寺院の鐘の音が、同じ空の下で響き合っている。
ペナン島への玄関口としての役割も担うこの街には、フェリーターミナルがあり、わずか15分ほどで島へ渡ることができる。けれど今回の旅では、あえてセベランプライに留まることにした。観光客で賑わう島の喧騒から少し離れ、マレーシアの日常に触れてみたかったからだ。
海峡の風が運んでくる潮の香り、路地裏に漂うスパイスの匂い、市場の活気と住宅街の静けさ。この街には、旅行雑誌には載らない、けれど確かに存在する豊かさがある。そんな予感を胸に、私はこの小さな港町へと向かった。

1日目: 海峡の風に導かれて
クアラルンプールから北上する長距離バスに揺られること約4時間、午前中にセベランプライのバスターミナルに到着した。降り立った瞬間、湿った熱気が体を包む。赤道に近いこの土地特有の、重く甘い空気だ。けれどそこに海からの風が混じって、不思議と心地よい。
予約していたゲストハウスは、バタワース地区の住宅街にあった。古い二階建ての建物を改装した小さな宿で、オーナーは華人系のおばあさんだ。「よく来たね」と福建語訛りのマレー語で迎えてくれた彼女の笑顔に、長旅の疲れが和らぐ。部屋は簡素だが清潔で、窓からは隣家の庭に咲くブーゲンビリアが見える。
荷物を置いて、さっそく街歩きに出た。まず向かったのはフェリーターミナル周辺だ。ここは街の中心であり、人々の往来が絶えない場所だ。ターミナルの建物はやや古びているが、それがかえってこの街の歴史を物語っているようだった。待合所では、ペナン島へ出勤する人々、学校帰りの学生たち、買い物袋を抱えた主婦たちが、それぞれの時間を過ごしている。
ターミナルを出て海沿いを歩く。マラッカ海峡が目の前に広がり、対岸のペナン島がはっきりと見える。島のジョージタウンの建物群が、昼の光を受けて白く輝いていた。海峡を行き交うフェリーや貨物船を眺めていると、ここが古くから交易の要所であったことが実感できる。
正午を過ぎた頃、空腹を覚えて近くの屋台街に入った。「ホーカーセンター」と呼ばれる、屋根付きの屋台が集まる食堂だ。選択肢は多岐にわたるが、私は「アッサムラクサ」を選んだ。ペナン名物のこの麺料理は、タマリンドをベースにした酸味のあるスープが特徴だ。魚の旨味と酸味、そしてミントやパイナップルの爽やかさが絡み合う複雑な味わいに、思わず唸った。隣のテーブルでは、マレー系の家族が「ナシカンダール」を囲んで笑っている。インド系の老人は一人で「ロティチャナイ」を食べながら、新聞を読んでいる。それぞれが自分の好みの料理を自由に選び、同じ空間で食事をする。この多様性こそが、マレーシアの食文化の豊かさなのだろう。
午後は、少し内陸に入った住宅街を歩いてみることにした。特に目的地があるわけではない。ただ、この街の日常を感じたかった。通りには、戦前に建てられたと思われるショップハウスが並んでいる。一階が店舗で二階が住居になった、東南アジアでよく見られる建築様式だ。タイル装飾が美しい建物もあれば、すっかり色褪せてしまった建物もある。金物店、布地屋、漢方薬局、コピティアム(喫茶店)。どれも昔ながらの商いを続けているようだ。
ある寺院の前を通りかかった時、中から読経の声が聞こえてきた。「観音廟」と書かれた額が掲げられている。入口で靴を脱ぎ、そっと中に入ると、線香の煙が立ち込める薄暗い空間が広がっていた。数人の参拝者が、それぞれに静かに祈りを捧げている。私も手を合わせ、旅の無事を願った。宗教的な信仰心からというよりも、この場の神聖な空気に自然と促されたからだ。
夕方、宿に戻る途中で小さな市場を見つけた。野菜や果物、魚や肉が並ぶローカル市場だ。マンゴスチン、ランブータン、ドラゴンフルーツ。南国の果物が色鮮やかに積まれている。魚売り場では、見たこともない魚が氷の上に並んでいる。店主のおばさんに「これは何?」と聞くと、マレー語で魚の名前を教えてくれたが、私には聞き取れない。それでも、身振り手振りで「美味しいよ」と勧めてくれる優しさが嬉しかった。
夜は、宿のオーナーに教えてもらった「マムakストール」という屋台に行った。「ママック」とは、インド系ムスリムが営む食堂のことだ。メニューは豊富で、北インド料理からマレー風にアレンジされたものまである。私は「ロティティッスー」とミルクティーを注文した。卵入りのロティは外がカリッと中がモチモチで、甘いコンデンスミルクをつけて食べる。これがまた絶品だった。店内では、インド系の若者たちがサッカーの試合をテレビで観ながら盛り上がっている。私は隅のテーブルで、その活気を眺めながらゆっくりと食事を楽しんだ。
宿に戻ると、オーナーのおばあさんがリビングでテレビを見ていた。「楽しかった?」と聞かれ、「とても」と答える。彼女は満足そうに頷いて、「明日はどこへ行くの?」と尋ねてきた。「まだ決めていません」と答えると、「それがいいわ。旅は計画通りじゃなくていいの」と笑った。その言葉が、妙に心に残った。
2日目: 自然と信仰が交わる場所
二日目の朝は、鳥の声で目が覚めた。窓を開けると、まだ日が高く昇りきらない朝の空気が流れ込んでくる。隣家の庭では、おじさんが植木に水をやっていた。「おはよう」と声をかけられ、こちらも「おはよう」と返す。こんな何気ない交流が、旅の朝を温かくする。
朝食は、近所のコピティアムで摂ることにした。「コピ」はコーヒー、「ティアム」は店を意味する。古くからある華人系の喫茶店で、朝から地元の人々で賑わっている。私は「カヤトースト」と「コピO」を注文した。カヤトーストは、卵とココナッツミルク、砂糖で作った甘いジャム「カヤ」を塗ったトーストで、バターと一緒にサンドされている。コピOは、ブラックコーヒーに砂糖を加えたもので、濃厚で甘い。この組み合わせが、東南アジアの朝の定番なのだ。
隣のテーブルでは、老人たちが福建語で世間話をしている。時折笑い声が上がる。その様子を見ていると、このコピティアムが単なる飲食店ではなく、地域のコミュニティの場であることがわかる。店主は常連客の好みを覚えていて、注文を聞く前から準備を始めている。こういう場所が、街の記憶を紡いでいくのだろう。
午前中は、少し郊外にある「ブキット・メルタジャム」という丘陵地帯へ向かうことにした。ローカルバスに揺られること約30分、のどかな田園風景が広がる地域に着いた。ここは、かつてゴム農園が広がっていた地域だ。今でも一部にゴムの木が残り、幹に斜めの切り込みが入れられ、樹液を集めるカップが取り付けられている様子を見ることができた。
この地域には、いくつかの果樹園もある。ドリアン、マンゴー、ランブータンなどが栽培されているのだ。ある果樹園の前を通りかかると、農園主らしき男性が「見ていくかい?」と声をかけてくれた。せっかくなので、お願いすることにした。彼は流暢な英語で、果物の育て方や収穫の時期について説明してくれた。「今はドリアンの季節じゃないから残念だけど、マンゴーは食べごろのがあるよ」と言って、もぎたてのマンゴーを分けてくれた。皮を剥いて齧ると、信じられないほど甘く、果汁が滴り落ちる。スーパーで買うマンゴーとは、まったく別物だった。
正午近くになり、「セントアン教会」という古い教会を訪れた。19世紀末にフランス人宣教師によって建てられたという、ネオゴシック様式の美しい教会だ。白い壁と尖塔が、熱帯の緑の中で際立っている。日曜日ではなかったので、中は静まり返っていた。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が、床に模様を描いている。ベンチに座り、しばらくその静寂に身を委ねた。
この地域は、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教、イスラム教が共存している。教会のすぐ近くには華人の寺院があり、さらに少し行くとヒンドゥー寺院がある。それぞれが互いを尊重しながら、自分たちの信仰を守っている。この共存の在り方に、マレーシアという国の成り立ちを見る思いがした。
昼食は、教会近くの小さな食堂で「ナシレマ」をいただいた。ココナッツミルクで炊いたご飯に、サンバルソース、アンチョビ、ピーナッツ、卵、きゅうりが添えられたマレーシアの国民食だ。辛さと甘さ、香ばしさが一体となった味わいは、何度食べても飽きない。食堂のおばさんは、「辛いの大丈夫?」と心配そうに聞いてくれた。「大丈夫です、美味しいです」と答えると、嬉しそうに笑った。
午後、セベランプライ中心部に戻り、「プライ川」沿いを歩いた。川は穏やかに流れ、両岸にはマングローブが生い茂っている。川辺には、高床式の家屋が建ち並び、人々が生活している様子が見える。洗濯物が風に揺れ、子どもたちが川で遊んでいる。都市化が進む一方で、こうした昔ながらの暮らしが残っていることに、ほっとするような気持ちになった。
川沿いを歩いていると、「スリ・スブラマニア・スワミ寺院」という大きなヒンドゥー寺院に出くわした。極彩色の塔門(ゴープラム)が目を引く。靴を脱いで中に入ると、供物の花の香りと線香の香りが混じり合う独特の空気に包まれた。神像の前では、サリーを着た女性たちが祈りを捧げている。私も邪魔にならないように隅で手を合わせた。異なる宗教の祈りの場を訪れることで、それぞれの信仰の深さを感じることができる。
夕方、宿に戻る前に、地元のスーパーマーケットに立ち寄った。観光客向けではない、普通のスーパーだ。陳列された商品を見るのが好きだ。調味料の棚には、見たこともないようなソースやペーストが並んでいる。お菓子のコーナーには、ドリアン味のチョコレートやピリ辛のスナックがある。どれも日本では見かけないものばかりで、眺めているだけで楽しい。結局、ホワイトコーヒーの粉末とピーナッツ菓子を土産に買った。
夜は、宿のオーナーに誘われて、一緒に近所の「ホッケンミー」の屋台に行った。ホッケンミーは、海老の出汁が効いた麺料理で、この地域の名物だ。オーナーのおばあさんは、屋台の主人と顔馴染みらしく、福建語で楽しそうに話している。出てきた麺は、海老の香りが強烈で、スープは濃厚。麺は太麺と細麺の二種類が混ざっていて、食感も楽しい。「美味しいでしょう?」とおばあさんが聞く。「本当に美味しいです」と答えると、彼女は満足そうに頷いた。
食後、宿に戻りながら、おばあさんが昔話をしてくれた。彼女の家族は、戦前に中国福建省からこの地に移住してきたこと。夫はもう亡くなったが、子どもたちはクアラルンプールやシンガポールで暮らしていること。だから、この古い家でゲストハウスを始めたこと。「寂しくないですか?」と聞くと、「旅人が来てくれるから、毎日新しい出会いがあるの。それが楽しいのよ」と言った。彼女の言葉に、人生の深みを感じた。
3日目: 別れと記憶の中に残るもの
最終日の朝、いつもより少し早く目が覚めた。今日でこの街ともお別れだと思うと、名残惜しさがこみ上げてくる。窓を開けると、朝靄がかかった街が見えた。まだ人通りは少なく、静かだ。この静けさを、もう少し味わっていたかった。
朝食は、昨日と同じコピティアムに行った。同じ席に座り、同じものを注文する。店主は私を覚えていて、「また来たね」と笑った。たった二日間でも、顔を覚えてもらえることが嬉しい。カヤトーストを齧りながら、この三日間を振り返った。特別な観光地を巡ったわけではない。有名なアトラクションに参加したわけでもない。ただ、この街の日常の中を歩き、人々の暮らしに触れただけだ。けれど、それこそが私の求めていた旅だった。
午前中、フェリーターミナルまで歩いた。最後にもう一度、マラッカ海峡を眺めておきたかったからだ。ペナン島へ向かうフェリーが、規則正しく行き来している。乗船待ちの人々が列を作っている。その中に、通勤する人、観光客、商売のために島へ渡る人、それぞれの目的を持った人々がいる。
ターミナル近くのベンチに座り、海を眺めた。波は穏やかで、太陽の光を反射してきらきらと輝いている。海鳥が低く飛んでいく。このありふれた光景が、なぜかとても美しく思えた。旅の終わりが近づくと、すべてが愛おしく見えるのかもしれない。
正午近く、荷物を取りに宿へ戻った。オーナーのおばあさんが、「もう行っちゃうの?」と残念そうに言った。「はい、バスの時間があるので」と答えると、「また来てね。いつでも部屋は空けておくから」と言ってくれた。別れ際、彼女は私の手を握り、「良い旅を」と言った。その温かい手の感触が、忘れられない。
バスターミナルへ向かう途中、最後に市場に立ち寄った。果物を買って、バスの中で食べようと思ったのだ。マンゴスチンを選んでいると、売り子のおばさんが「甘いのを選んであげるわ」と言って、丁寧に選んでくれた。ありがとう、と言うと、「気をつけてね」と笑顔で見送ってくれた。
バスターミナルに着き、クアラルンプール行きのバスに乗り込んだ。窓側の席に座り、発車を待つ。やがてバスが動き出し、セベランプライの街がゆっくりと遠ざかっていく。ショップハウスの並ぶ通り、寺院の尖塔、川沿いの高床式住宅。すべてが車窓の向こうに流れていく。
バスが高速道路に入り、街が完全に視界から消えた時、私は小さく息を吐いた。わずか三日間の滞在だった。けれど、この街で出会った人々の顔、食べた料理の味、歩いた路地の匂い、すべてがはっきりと記憶に刻まれている。
旅とは、非日常を求めることだと思っていた。けれど、セベランプライで過ごした時間は、むしろ日常そのものだった。特別な出来事があったわけではない。ただ、そこに暮らす人々の日々の営みに触れ、その一部に少しだけ加わっただけだ。そして、それが私にとって、かけがえのない体験となった。
車窓から見える椰子の木々が、風に揺れている。マレーシアの大地が、遠ざかっていく。けれど、心の中にはセベランプライの風景が、確かに残っている。
空想の中の確かな記憶
この旅は、実際には存在しない。私はセベランプライの土を踏んだことも、あのコピティアムでカヤトーストを食べたことも、オーナーのおばあさんと言葉を交わしたこともない。すべては空想の産物だ。
けれど、この文章を書きながら、私は確かにその場所にいたような感覚を覚えた。マラッカ海峡の風の匂い、ホッケンミーの海老の香り、寺院の線香の煙、市場の喧騒、人々の温かい笑顔。それらは、想像の中で生まれたものであるにもかかわらず、妙にリアルに感じられる。
旅の本質は、実際に足を運ぶことだけにあるのではないかもしれない。見たことのない場所に思いを馳せること、そこに暮らす人々の生活を想像すること、異なる文化に心を開くこと。そういった内なる旅もまた、私たちを豊かにしてくれる。
セベランプライは実在する街だ。そこには本当に人々が暮らし、日々が営まれている。いつか本当にその地を訪れることができたなら、この空想の旅で描いた風景とはきっと違う姿を見せてくれるだろう。けれど、その時もまた、新しい物語が始まるはずだ。
空想の旅は終わった。けれど、心の中には確かな記憶が残っている。それは実際の記憶ではないが、だからといって偽りでもない。想像力が生み出した、もうひとつの真実なのだと思う。
いつか、本当にセベランプライの街を歩いてみたい。そして、この空想の旅で出会った人々や場所に、どこか似た何かを見つけられたら、きっと嬉しいだろう。旅は、行く前から始まっているのかもしれない。

