メインコンテンツへスキップ
  1. たび幻記/

塔が見守る山の町 ― スロバキア・スピシュスカー・ノバー・ベス空想旅行記

空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ スロバキア
目次

はじめに: 中世の香りが漂う町

AIが考えた旅行記です。小説としてお楽しみください。

スロバキア東部、ポーランドとの国境に近いスピシュスカー・ノバー・ベス (Spišská Nová Ves) は、人口約3万7千人ほどの静かな町である。スピシュ地方の中心都市として栄えたこの町は、中世から続く豊かな歴史と、ハイ・タトラ山脈の麓に広がる美しい自然に恵まれている。町の中心部には、ヨーロッパ最大級の中央広場があり、その周囲にはゴシック様式やルネサンス様式の建物が立ち並ぶ。特に聖エギディウス教会の高い塔は、遠くからでも町の象徴として目に映る。

スピシュ地方は、中世には重要な交易路の拠点として繁栄し、ドイツ系移民によって築かれた独特の文化が今も息づいている。近郊には世界遺産に登録されたスピシュ城があり、ヨーロッパ最大級の城郭として多くの人を魅了している。また、この地域はスロバキア料理の宝庫でもあり、ハルシュキ (じゃがいものニョッキ) やブリンゾヴェー・ハルシュキ (羊のチーズを使った郷土料理) など、素朴で心温まる料理が楽しめる。

三月の終わり、雪解けの季節に私はこの町を訪れることにした。春の足音が聞こえ始める頃の東欧は、どこか神秘的で静謐な美しさを湛えている。

1日目: 石畳の響きに導かれて

朝の便でブラチスラヴァ空港に降り立ち、バスを乗り継いでスピシュスカー・ノバー・ベスに向かった。車窓から見える風景は徐々に山がちになり、針葉樹の森が連なる中に、時折小さな村の教会の尖塔が顔を出す。約4時間の道のりは、日常から非日常への静かな移行の時間だった。

午後2時頃、町のバスターミナルに到着。予約していた小さなペンションは、中央広場から徒歩5分ほどの石畳の通りにあった。建物は18世紀頃のもので、白い壁にオレンジ色の瓦屋根が印象的だった。部屋の窓からは、向かいの家の屋根越しに聖エギディウス教会の塔が見える。荷物を置き、一息ついてから町の探索に出かけた。

中央広場に足を踏み入れた瞬間、その広さに圧倒された。長方形の広場は約200メートル×100メートルほどもあり、中央には18世紀のマリア像が立っている。広場を囲む建物群は、それぞれ異なる時代の建築様式を示しており、まるで歴史の教科書を歩いているような感覚だった。特に目を引いたのは、広場北側に建つルネサンス様式の旧市庁舎で、アーケードが美しく、壁面には古いフレスコ画の痕跡が薄っすらと残っていた。

夕方近くになり、地元の人に勧められた「レストラン・スピシュスキー・ドヴォル」で夕食をとることにした。石造りの古い建物を改装したレストランで、店内は木のテーブルと椅子で統一され、壁には地元の民族衣装や農具が飾られている。ウェイトレスのマリアさんが、片言の英語と笑顔で料理を説明してくれた。

注文したのは、この地方の名物料理「ブリンゾヴェー・ハルシュキ」。羊のチーズ (ブリンザ) をじゃがいものニョッキに絡めた料理で、上からベーコンの細切りが散らしてある。一口食べると、羊のチーズの濃厚な風味が口いっぱいに広がり、じゃがいものもちもちした食感と見事に調和していた。これに地元産の白ワインを合わせると、長旅の疲れが心地よくほどけていくのを感じた。

夜が更けるにつれ、広場の街灯がともり、昼間とは違った表情を見せた。教会の塔も淡くライトアップされ、中世の面影がより一層際立って見えた。ペンションに戻る石畳の道で、遠くから鐘の音が聞こえてきた。9時を告げる教会の鐘だった。

部屋に戻り、窓から夜の町を眺めながら、今日一日を振り返った。まだ旅は始まったばかりだが、この町の持つ静かな魅力に既に心を奪われていた。明日はスピシュ城を訪れる予定だが、今夜はこの穏やかな夜に身を任せて、早めに休むことにした。

2日目: 城と自然が語る物語

朝7時、教会の鐘で目が覚めた。窓を開けると、冷たく澄んだ空気が部屋に流れ込んできた。遠くにハイ・タトラ山脈の峰々が薄っすらと見え、その手前に広がる丘陵地帯が朝霧に包まれている。ペンションの1階では、心温かいオーナーのアナさんが朝食を用意してくれていた。

朝食は典型的なスロバキアスタイルで、黒パンに自家製のジャム、ハムとチーズ、そして目玉焼きが基本だった。特に印象的だったのは、アナさんの手作りという梅のジャムで、甘酸っぱい味わいが黒パンの素朴な風味と絶妙にマッチしていた。コーヒーを飲みながら、アナさんが流暢でないながらも一生懸命英語で地元の話をしてくれた。彼女の祖父母は、第二次大戦前にこの地で暮らしていたドイツ系住民で、戦後は大変な時代を過ごしたという。そんな歴史の重みを感じながら、朝食を終えた。

午前9時半、スピシュ城行きのローカルバスに乗った。約20分ほどの道のりで、バスは徐々に高台へと上がっていく。途中、羊の群れを連れた羊飼いの姿が見え、この地域の牧畜文化の一端を垣間見ることができた。

スピシュ城に到着すると、その圧倒的なスケールに息を呑んだ。12世紀に建てられ、何度も拡張されたこの城は、4万平方メートルもの敷地を持つヨーロッパ最大級の城郭複合体だ。石灰岩の丘の上に建つ城は、まるで大地から生えてきたような自然との一体感を見せている。

城内のガイドツアーに参加し、ハンガリー系のガイド、ヤーノシュさんの案内で城の歴史を学んだ。この城は中世にハンガリー王国の重要な要塞として機能し、トルコ軍の侵攻に対する防衛拠点でもあった。城の中庭に立ち、周囲の風景を見渡すと、なぜここに城が築かれたのかがよく理解できた。四方を見渡せる絶好の立地で、遠くスロバキア平原まで見渡すことができる。

城の展示室では、中世の武器や食器、貴族の衣装などが展示されており、当時の生活を想像することができた。特に印象深かったのは、15世紀の書物の写本で、美しい装飾文字で書かれたラテン語の文章が、時を超えた芸術作品として輝いていた。

午後、城からの帰りは徒歩で下山することにした。約1時間の山道は、春の息吹を感じながら歩く贅沢な時間だった。途中、野生の水仙が群生している場所があり、白い小さな花が風に揺れる様子は、まるで自然からの贈り物のようだった。また、リスが木から木へと飛び移る姿や、遠くで鳴く鳥の声が、都市では味わえない自然との対話を演出してくれた。

町に戻ると午後3時頃だった。少し疲れていたので、中央広場に面したカフェ「カフェ・アンティーク」で休憩することにした。店内はアンティーク家具で統一され、壁には古い写真や絵画が飾られている。注文したのは地元特産の蜂蜜を使ったケーキとコーヒー。蜂蜜ケーキは素朴な甘さで、歩き疲れた体に優しく染み渡った。

カフェで隣に座っていた地元の老人、フランツさんが話しかけてきた。彼は元教師で、ドイツ語が堪能だった。私のつたないドイツ語との会話で、この町の現在と過去について多くのことを教えてくれた。社会主義時代のこと、1989年のビロード革命のこと、そして現在の若者たちが都市部に出て行ってしまうことへの寂しさなど、一人の人生を通して見た町の変遷が語られた。

夕食は、フランツさんが勧めてくれた家庭料理のレストラン「ウ・バブシュキ (おばあちゃんの家) 」で。ここで食べた「グラーシュ」は絶品だった。牛肉をパプリカとともに長時間煮込んだシチューで、深いコクとほのかな辛味が特徴的だった。これにクネドリーキ (ダンプリング) を添えて食べると、心も体も温まった。

夜は再び中央広場を散歩した。昼間の賑わいとは対照的に、夜の広場は静寂に包まれ、街灯の光が石畳を優しく照らしていた。教会の塔を見上げながら、今日一日で感じたこの地域の歴史の深さと自然の美しさを反芻した。明日は最終日。この旅の締めくくりをどう過ごそうかと考えながら、ペンションへと向かった。

3日目: 別れの調べと心に残るもの

最後の朝は、自然に早く目が覚めた。まだ薄暗い中、窓から外を眺めると、町全体が朝霧に包まれて幻想的な光景を呈していた。今日の午後には帰路に就かなければならないが、限られた時間を大切に過ごしたいと思った。

朝食後、アナさんに町の小さな市場のことを教えてもらった。毎週土曜日に開かれる小さな朝市で、地元の農家が野菜や手作りの製品を販売しているという。広場の一角で開かれているその市場は、地元の人々の日常を垣間見る絶好の機会だった。

市場では、おばあさんが手編みのセーターや靴下を売っていた。その中に、この地方の伝統的な模様が施された美しいスカーフがあった。白地に青と赤の幾何学模様が織り込まれたそのスカーフは、まさにスロバキアの手工芸の粋を集めた作品だった。おばあさんとの値段交渉は、彼女のドイツ語と私の英語、そして身振り手振りで行ったが、最終的には笑顔で取引が成立した。このスカーフは、旅の記念品として最高のものとなった。

市場の隣では、地元の男性が木彫りの工芸品を販売していた。特に目を引いたのは、スピシュ城をモチーフにした小さな木彫りの置物で、細部まで丁寧に彫られた職人の技術に感動した。製作者のパヴェルさんと話をすると、彼は3代続く木彫り職人で、父から受け継いだ技術を息子にも教えているという。伝統工芸が家族によって守り継がれていることに、深い感銘を受けた。

午前11時頃、最後の訪問地として聖エギディウス教会に向かった。14世紀に建てられたこのゴシック教会は、町のシンボルとして長年親しまれている。教会内部は静寂に包まれ、色とりどりのステンドグラスから差し込む光が、祭壇周辺を神秘的に照らしていた。

教会で最も印象深かったのは、15世紀の木彫りの祭壇画だった。キリストの生涯を描いた精緻な彫刻は、当時の職人たちの信仰心と芸術的才能を物語っている。祭壇の前で静かに座り、旅の無事への感謝と、この町で出会った人々への思いを込めて祈りを捧げた。

教会を出ると、オルガンの練習の音が聞こえてきた。オルガニストのマリアンさんが、明日の日曜礼拝のために練習をしているとのことだった。バッハのコラール前奏曲の美しい旋律が教会の石造りの空間に響き渡り、まるで天上の音楽を聴いているような気持ちになった。

昼食は、ペンションに戻ってアナさんの手作り料理をいただいた。彼女が特別に作ってくれたのは「スヴィーチュコヴァー」という、牛肉のクリームソース煮込みだった。牛肉は口の中でとろけるほど柔らかく、野菜の甘味とクリームソースの豊かな味わいが絶妙に調和していた。これにクネドリーキとクランベリーソースを添えて食べる伝統的なスタイルで、まさにスロバキア家庭料理の真髄を味わうことができた。

食事の後、アナさんと長い会話の時間を持った。彼女は1989年の革命以降のスロバキアの変化について、一人の女性の視点から語ってくれた。自由になったことの喜び、しかし同時に失ったものもあるという複雑な思い。特に、コミュニティの結束が以前より弱くなったことを寂しく思っているという話が印象的だった。しかし、若い世代が新しい可能性を追求できるようになったことは素晴らしいことだと、希望を込めて語る彼女の表情は忘れられない。

午後2時、チェックアウトの時間が来た。アナさんは玄関まで見送ってくれ、「また必ず戻ってきてください」と言って、自家製のジャムの小瓶を手渡してくれた。彼女の温かい心遣いに、思わず目頭が熱くなった。

バス停に向かう道すがら、もう一度中央広場を歩いた。2日前に初めて足を踏み入れた時とは、まったく違った感情がそこにあった。単なる観光地ではなく、人々の生活が息づく場所として、この広場が心の中に刻まれていた。

ブラチスラヴァ行きのバスが来るまでの間、バス停のベンチに座って町を見つめていた。平日の午後のゆったりとした時間の流れ、遠くから聞こえる教会の鐘の音、石畳を歩く人々の足音。これらすべてが、この町の日常の音楽として耳に残った。

バスが到着し、荷物を積み込む。窓際の席に座り、動き出すバスから見える風景を目に焼き付けた。聖エギディウス教会の塔が小さくなっていき、やがて見えなくなった。しかし、心の中では、その塔の姿がいつまでも輝き続けていた。

最後に: 空想でありながら確かに感じられたこと

帰国して数日が経った今、スピシュスカー・ノバー・ベスでの2泊3日は、まるで夢のような時間だったような気がする。しかし同時に、その一瞬一瞬があまりにも鮮明で、確かにそこにいたという実感が心の奥底に深く刻まれている。

アナさんの温かい笑顔、マリアさんの一生懸命な英語、フランツさんの深い人生談、パヴェルさんの誇らしげな職人の表情。そして、ブリンゾヴェー・ハルシュキの濃厚な味わい、スピシュ城から見渡した壮大な景色、教会で聞いたオルガンの美しい調べ。これらすべてが、記憶の中で輝きを失うことなく存在し続けている。

旅とは、単に場所を移動することではなく、その土地の空気を吸い、人々と心を通わせ、文化に触れることで自分自身の一部となるものなのだと、改めて感じた。スロバキアという国、スピシュ地方という場所、そしてスピシュスカー・ノバー・ベスという町が、今では私の人生の一部として息づいている。

この旅は空想の産物である。しかし、その空想の中で体験した感情、出会った人々、味わった料理、見た風景は、現実の旅行にも劣らぬほど心に深く刻まれている。人間の想像力の持つ力、そして旅への憧憬の強さを、この体験を通して実感した。

いつかきっと、本当にこの町を訪れる日が来るだろう。その時、この空想の旅で感じた感動が、現実の体験とどのように重なり合うのか、それもまた楽しみの一つである。旅は終わったが、心の中での旅は今も続いている。スピシュスカー・ノバー・ベスは、私にとって永遠の旅の目的地となった。

hoinu
著者
hoinu
旅行、技術、日常の観察を中心に、学びや記録として文章を残しています。日々の気づきや関心ごとを、自分の視点で丁寧に言葉を選びながら綴っています。

関連記事

森と峡谷の迷宮を歩く旅 ― スロバキア・スロバキアパラダイス空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ スロバキア
時が止まった街並み ― モルドバ・沿ドニエストル・ティラスポリ空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ モルドバ
森と城が迎える王の町 ― ルーマニア・シナイア空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ ルーマニア
赤レンガと海風が語る港町 ― ポーランド・グダニスク空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ ポーランド
遺跡と並木が語る静かな街 ― ブルガリア・スタラザゴラ空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ ブルガリア
黒海と記憶の宮殿をめぐる旅 ― クリミア・ヤルタ空想旅行記
空想旅行 ヨーロッパ 東ヨーロッパ クリミア