はじめに
ホエドスプルート。この名前を初めて耳にした時、その響きに何とも言えない魅力を感じた。南アフリカ共和国リンポポ州に位置するこの小さな町は、クルーガー国立公園の西端に隣接し、ブライデ・リバー・キャニオンへの玄関口としても知られている。
「ホエドスプルート」とはアフリカーンス語で「帽子の湧き水」を意味するという。その名の通り、ドラケンスバーグ山脈の麓に湧く清らかな水が、この土地に豊かな生命をもたらしてきた。標高約500メートルのこの地域は、南アフリカの典型的なブッシュベルド (低木地帯) と山岳地帯が織りなす独特の景観を持つ。
19世紀後半、金鉱採掘で栄えたこの地には、今もその歴史の痕跡が残る。しかし現在のホエドスプルートは、野生動物保護の拠点として、またエコツーリズムの中心地として新たな顔を見せている。ビッグファイブ (ライオン、ヒョウ、サイ、ゾウ、バッファロー) との出会いを求める旅人たちが世界中から訪れ、一方で地元のツォンガ族やペディ族の人々が継承してきた伝統文化も、この土地の深い魅力の一部となっている。
乾季の終わりを告げる9月の朝、私はこの知られざる南アフリカの宝石を訪れることにした。
1日目: 赤い大地への扉
ヨハネスブルグを発つ小さなプロペラ機は、眼下に広がる果てしない高原地帯を静かに飛んでいく。窓から見下ろすと、赤茶けた大地に点在する緑の斑点が、まるで大きなキャンバスに散らした絵の具のようだった。約1時間のフライトを経て、イーストゲート空港に到着する。
空港は思っていたよりもこぢんまりとしていて、どこか田舎の駅のような温かさがある。迎えに来てくれたガイドのサイモンは、ツォンガ族の血を引く40代の男性で、穏やかな笑顔と流暢な英語で私を迎えてくれた。
「ホエドスプルートへようこそ。今日は良い天気ですね」
彼の運転する四輪駆動車に乗り込むと、すぐに南アフリカ特有の乾いた風が頬を撫でていく。道路脇には、トゲだらけのアカシアの木や、幹が異様に太いバオバブの若木が点在している。遠くの山々は紫がかったブルーで霞み、その手前に広がる赤い平原には、時折シマウマやインパラの群れがゆっくりと移動している姿が見える。
午前11時頃、町の中心部に到着した。ホエドスプルートの町は、メインストリート沿いに小さな商店やレストランが並ぶ、のどかで静かな場所だ。植民地時代の建物と現代的な建物が混在し、そこかしこにジャカランダの木が紫の花を咲かせている。
宿泊先のグエスト・ハウスは、町から少し離れた丘の上にある。石造りの建物で、テラスからはブライデ・リバー・キャニオンの一部が望める。部屋は簡素だが清潔で、壁には地元アーティストによる野生動物の絵が飾られている。荷物を置いて一息つくと、遠くからヒヒの鳴き声が聞こえてきた。
昼食は町のレストラン「Boma」で取った。ここは地元の人々にも観光客にも愛される家庭的な店で、南アフリカ料理を気軽に味わえる。私が注文したのは「ポトヒエコス」という伝統的な煮込み料理。牛肉と野菜をスパイスでじっくり煮込んだもので、メイズ (とうもろこし) から作ったパップ (主食) と一緒に食べる。素朴な味わいだが、スパイスの香りが口の中に広がり、どこか懐かしさを感じさせる。
午後は、町を散策することにした。メインストリートを歩いていると、小さな土産物店が目に入る。店主のマグダレーナは地元出身の女性で、手作りのビーズ細工や木彫りの置物を売っている。彼女が作るビーズのネックレスは、ツォンガ族の伝統的な模様を現代風にアレンジしたもので、一つ一つに意味が込められているという。
「これは家族の絆を表す模様よ」
彼女がそう説明しながら手に取って見せてくれたネックレスは、深い青と白のビーズで美しい幾何学模様を描いている。思わず購入してしまった。
夕方、宿に戻る途中で小さな教会の前を通りかかった。白い壁に赤い屋根の素朴な建物だが、夕日に照らされて温かい光を放っている。中からは賛美歌の美しいハーモニーが聞こえてくる。しばらく外で聞いていると、心が静かに洗われるような気持ちになった。
夜は宿のテラスで夕食を取った。メニューは「ブライ」と呼ばれる南アフリカ式バーベキュー。炭火で焼いた羊肉のソーセージ「ボアワース」と、「パップ・エン・ヴレイス」 (肉とメイズ粥の組み合わせ) 。シンプルだが、炭火の香ばしさと肉の旨味が絶妙にマッチしている。地元産の赤ワインと一緒に味わうと、一日の疲れがゆっくりと溶けていく。
夜空を見上げると、都市部では決して見ることのできない満天の星が広がっている。南十字星がくっきりと輝き、天の川が空を横切っている。遠くでフクロウの鳴き声が響き、時折ライオンの遠吠えも聞こえてくる。
部屋に戻って窓を開けると、涼しい夜風と共に、アフリカの夜の香りが部屋に流れ込んできた。それは土と草と、何か野性的な匂いが混じり合った、都市では味わえない自然の香りだった。ベッドに横になりながら、明日からの冒険に思いを馳せる。外では相変わらず夜の生き物たちの声が続いている。
2日目: 野生との邂逅
午前5時、まだ薄暗いうちにベッドから起き上がった。今日はクルーガー国立公園でのゲームドライブ (サファリ) の日だ。外は冷え込んでいるが、それも束の間。南アフリカの9月は春の始まりで、日中は30度近くまで気温が上がる。
サイモンが迎えに来てくれたのは午前6時。彼の運転するオープンカーの四輪駆動車に乗り込む。「今日は特別な一日になりますよ」と彼が微笑みながら言った。その言葉に、期待が高まる。
クルーガー国立公園のオルペン・ゲートまでは約30分。ゲートが開く午前6時半を待って、いよいよ公園内へ入っていく。朝の冷たい空気の中、車は静かに砂利道を進んでいく。
最初に出会ったのは、道路脇で草を食むインパラの群れだった。警戒心の強い彼らは、車の音に耳をぴんと立てて、こちらを見つめている。その美しい茶色の毛並みと、優雅な立ち姿に見とれていると、サイモンが静かに指差した。
「あそこを見てください」
彼が指差す方向に目を向けると、茂みの奥にぼんやりとした灰色の巨体が見える。ゾウだ。ゆっくりと茂みから出てきたのは、大きなオスのアフリカゾウ。その威厳ある姿に、思わず息を呑む。ゾウは私たちの車をちらりと見ると、何事もなかったかのように歩き去っていく。
午前中のハイライトは、水場でのヒョウとの遭遇だった。通常は夜行性で、昼間に姿を見ることは珍しいというヒョウが、水を飲みに現れたのだ。その美しい斑点模様と、しなやかな動きは、まさに野生の芸術品のようだった。シャッターを切る音にも動じず、ゆっくりと水を飲み終えると、再び茂みの中に消えていった。
昼食は公園内のレストキャンプ「サタラ」で取った。ここは公園内最大のキャンプ場の一つで、宿泊施設やレストラン、売店などが揃っている。昼食は「ブンニーチャウ」という南アフリカ名物料理。くり抜いたパンの中にカレーを入れた料理で、インド系移民の影響を受けた南アフリカ独特の食べ物だ。スパイシーで満足感のある味わいに、旅の疲れも忘れる。
午後のドライブでは、ついにライオンの群れに出会うことができた。木陰で昼寝をしている3頭のメスライオンと2頭の子ライオン。母親たちはゆったりと休んでいるが、子どもたちは元気に遊び回っている。その微笑ましい光景を眺めていると、野生動物も私たち人間と同じように家族の絆を大切にしているのだと実感する。
夕方、公園を出て町に戻る途中、サイモンが「特別な場所をお見せしましょう」と言って、少し回り道をしてくれた。連れて行かれたのは、ブライデ・リバー・キャニオンの展望台の一つ。ここからの夕日は息を呑むほど美しかった。
赤い岩肌の峡谷が、夕日に照らされて黄金色に輝いている。遠くまで続く山々のシルエットが空に浮かび上がり、その向こうに太陽がゆっくりと沈んでいく。風が頬を撫でていき、鳥たちの声が静寂を破る。この瞬間、私は自分が地球という惑星の小さな一部であることを深く実感した。
夜は再び宿のテラスで夕食。今夜のメニューは「ボボティー」という南アフリカの国民的料理。ひき肉にスパイスを加えて焼き、上に卵液をかけてオーブンで仕上げた、グラタンのような料理だ。甘辛い味付けが特徴的で、イエローライスと一緒に食べる。マレー系移民が伝えた料理だというが、今では南アフリカの家庭料理として親しまれている。
食事を終えて部屋に戻る前に、宿の庭を少し散歩した。月明かりに照らされた庭では、夜行性の生き物たちが活動を始めている。遠くでハイエナの鳴き声が聞こえ、近くの木ではフクロウが鳴いている。この土地に住む生き物たちにとって、夜は昼間とは全く違う世界なのだろう。
部屋のベッドに入りながら、今日一日で見た数々の野生動物たちの姿を思い返す。彼らは人間の都合など関係なく、自分たちのリズムで生きている。その姿に、なぜか深い安らぎを感じる。窓の外では、相変わらず夜の音楽が続いている。
3日目: 文化の記憶と別れの時
最終日の朝は、ゆっくりと午前7時に起床した。今日は地元の文化に触れる一日にしようと決めていた。朝食を済ませた後、サイモンに案内されて向かったのは、町から20分ほど離れた場所にあるツォンガ族の文化村だった。
「シャンガナ文化村」と呼ばれるこの場所は、地元のコミュニティが運営する小さな文化保護施設だ。入り口で出迎えてくれたのは、伝統的な衣装に身を包んだ年配の女性、メロシア。彼女はツォンガ語と英語を交えながら、彼らの文化について丁寧に説明してくれる。
村の中央には伝統的な茅葺きの小屋が建っている。円形の構造で、牛糞と土を混ぜて作った壁は、この地域の気候に完璧に適応している。涼しく、雨にも強い。メロシアが小屋の中を案内してくれる間、壁に描かれた幾何学模様の意味を教えてくれた。
「この模様は雨を呼ぶおまじない。こちらは豊穣を願う模様よ」
午前中のハイライトは、伝統的な料理作りの体験だった。メロシアの指導のもと、「パップ」 (メイズ粥) と「モロゴ」 (野菜の煮物) を作る。モロゴは、地元で採れる野草や野菜をトマトと一緒に煮込んだ料理で、栄養価が高く、昔から重要な食べ物だったという。
大きな鉄鍋でゆっくりと煮込まれる野菜からは、素朴で温かい香りが立ち上る。メロシアは料理をしながら、昔話を聞かせてくれた。祖先の霊が見守っているという信仰や、雨季と乾季に合わせた生活の知恵など、この土地で培われた文化の深さに触れることができた。
昼食は、その場で作った料理を皆で分け合って食べた。パップのもちもちした食感と、モロゴの優しい味わいが口の中で混じり合う。都市部のレストランでは味わえない、土地の恵みをそのまま活かした料理の美味しさに感動する。
午後は、町に戻って最後の散策を楽しんだ。昨日訪れた土産物店に再び立ち寄り、マグダレーナと少し長い時間話をした。彼女は若い頃ヨハネスブルグで働いていたが、故郷の文化を守りたいという思いから、この町に戻ってきたのだという。
「都市部では便利な生活ができるけれど、ここには都市では失われてしまったものがある」
彼女のその言葉が、胸に深く響いた。確かに、この小さな町には時間がゆっくりと流れ、人々は自然や伝統と共に生きている。
夕方、町を見下ろす小高い丘に登った。そこからは、ホエドスプルートの町全体が見渡せる。赤い屋根の家々と緑の木々、その向こうに広がる広大なブッシュベルドの景色。遠くには、ドラケンスバーグ山脈のシルエットが夕日に浮かび上がっている。
風が頬を撫でていき、鳥たちの夕方の歌声が空に響く。この場所に立っていると、時間の概念が曖昧になってくる。今日なのか昨日なのか、それとも100年前なのか。この土地には、そんな時を超えた永続性がある。
最後の夕食は、宿の特別メニュー「クドゥの肉」を味わった。クドゥは南アフリカに生息する大型のアンテロープで、その肉は繊細で上品な味わいを持つ。ワインと一緒にゆっくりと味わう最後の晩餐は、この旅の全ての思い出を噛みしめるような時間だった。
夜、荷造りをしながら、この3日間を振り返る。野生動物との出会い、地元の人々との交流、美しい自然景観、そして何より、この土地が持つ独特の静けさと力強さ。それらの全てが、私の心に深く刻まれている。
窓の外では、最後の夜を彩るように、アフリカの夜の音楽が奏でられている。明日の朝にはこの地を離れるが、ホエドスプルートで過ごした時間は、きっと長い間心の中に残り続けるだろう。
最後に
翌朝、空港への道中で見た朝日は格別だった。アフリカの大地を赤く染める太陽の光が、この旅の最後を美しく飾ってくれた。
ホエドスプルートでの2泊3日は、単なる観光以上の体験だった。それは、現代社会で失われがちな何か──自然との繋がり、時間の豊かさ、人との温かい交流──を思い出させてくれる旅だった。
野生動物たちの自然な姿、地元の人々の優しさ、大地の雄大さ、夜空の美しさ。それらの全てが組み合わさって、この小さな町は忘れがたい魅力を放っていた。都市部の喧騒から離れ、地球本来のリズムに身を委ねることで、自分自身の中にある何か大切なものを再発見できたような気がする。
旅から戻った今も、ふとした瞬間にホエドスプルートの夕日や夜の音、ツォンガ族の女性の優しい笑顔、ライオンの子どもたちの無邪気な姿が蘇ってくる。それらの記憶は、日常生活の中で疲れた心を癒し、生きることの根本的な喜びを思い出させてくれる。
この旅は空想の産物である。しかし、文字を通して体験したホエドスプルートの風景や人々との出会いは、確かに私の心の中に存在している。想像力という翼を使って訪れた南アフリカの小さな町は、現実以上にリアルな感動を与えてくれた。それこそが、空想旅行の真の魅力なのかもしれない。
いつの日か、本当にホエドスプルートの赤い大地に足を踏み入れる日が来るだろうか。その時、この空想の記憶と現実の体験が重なり合う瞬間を、心から楽しみにしている。