ギリシャ文字には、見覚えのある形がいくつもある。π、Δ、Σ、Ω。数学や物理で見たことがあるはずだ。

これらは数学記号ではない。ギリシャ語のアルファベットだ。π は「p」の音、Δ は「d」の音、Σ は「s」の音。ギリシャのマクドナルドのメニューに πατάτες(パタテス=ポテト)と書いてあったら、それは π から始まる普通の単語。

ギリシャ文字は24文字。キリル文字と同じく、英語のアルファベットに似た文字が多いが、音が違うものがある。さらにギリシャ文字には2文字で1つの音を作る組み合わせがあり、これがキリル文字にはなかった特徴だ。

題材はギリシャのマクドナルド。メニュー名は英語のまま(Big Mac、McChickenなど)だが、商品説明やカテゴリ名はすべてギリシャ語で書かれている。

なお、この記事は旅行者が現地で看板やメニューを読める程度を目指している。正確な発音を学びたい場合は教科書等を参照してほしい。

πατάτες

ポテト。メニューで最も目にするギリシャ語。この1語で5文字を覚える。

「π」は「p」。円周率の π は、実はギリシャ語の「p」の文字。πατάτες の最初の文字。 「α」は「a」。英語のaと同じ。 「τ」は「t」「ε」は「e」。英語のeと同じ。 「ς」は「s」。語末形。σ の語末形で、単語の最後にだけ現れる。ギリシャ文字で語末形があるのはこの1文字だけ。

π(p) + α(a) + τ(t) + α(a) + τ(t) + ε(e) + ς(s) = パタテス → ポテト。

数学記号の π が「ポテト」の先頭にある。ギリシャの街中では、この文字がいたるところに普通の文字として使われている。

英語と同じ

α a
ε e

数学で見た文字

π p
τ t
σ/ς s

Μπιγκ Μακ

ビッグマック。英語のBig Macがギリシャ文字でどう書かれるか。ここでギリシャ文字最大の特徴が出る。

「μ」は「m」「κ」は「k」。英語のkと同じ。

最初の2文字 μπ は「m + p」ではなく、2文字で「b」の音を作る。

現代ギリシャ語には「b」の音を表す1文字がない。β は古代ギリシャ語では「b」だったが、現代では「v」に変わった。b音が必要なとき、μπ という2文字の組み合わせ(ディグラフ)で表す。

同じようにBig の「g」も γκ という2文字で表す(γ と κ は後で個別に扱う)。

Μπιγκ Μακ = ビッグ マック。英語の6文字が、ギリシャ語では8文字になる。

ディグラフは3つある。

組み合わせ理由
μπbβ が v に変わったため
ντdδ が th に変わったため
γκgγ が単独では摩擦音のため

新出の子音

μ m
κ k

μπιφτέκια βοδινού

ビーフパティ。ビッグマックの商品説明に出てくる。

「φ」は「f」。Φ(ファイ)は数学の黄金比や物理の磁束で見かける。実は「f」の文字。 「ι」は「i」。英語のiと同じ。 「ο」は「o」。英語のoと同じ。

μπιφτέκια = ビフテキア → ビーフパティ。日本語の「ビフテキ」の語源がここにある。

「β」は「v」。Bに見えるが「v」の音。最初の偽の友。βοδινού の β は「ヴ」。 「δ」は「d」(正確には th に近い音)。Δ(デルタ)は数学の「変化量」で見たことがあるはず。

βοδινού = ヴォディヌー → 牛の。

英語と同じ

ι i
ο o

数学で見た文字

φ f
δ d / th

偽の友

β v

τυρί

チーズ。メニューに「με τυρί」(チーズ付き)として頻出する。

「ρ」は「r」。pに見えるが「r」の音。2つ目の偽の友。キリル文字のРと全く同じ罠。

「υ」は「i」。yに見えるが「イ」の音。3つ目の偽の友。

τ(t) + υ(i) + ρ(r) + ι(i) = ティリ → チーズ。

ここで υ と ι がどちらも「i」の音であることに気づくかもしれない。実はギリシャ語には「イ」の音を表す文字が3つある(ι, υ, η)。古代ギリシャ語では異なる音だったが、現代では同じ。タイ文字の th が6文字あるのと似た構造だ。

偽の友

ρ r
υ i

σάλτσα

ソース。メニュー説明に頻出する。

「σ」は「s」。πατάτες の末尾に出てきた ς の語中形。語中では σ、語末では ς と使い分ける。 「λ」は「l」。Λ(ラムダ)は数学でも使う。

σ(s) + α(a) + λ(l) + τ(t) + σ(s) + α(a) = サルツァ → ソース。

数学で見た文字

λ l

πατάτες τηγανητές — 後半

フライドポテト。πατάτες は最初のメニューで読めた。後半の τηγανητές で偽の友がさらに2つ出てくる。

「η」は「i」。Hに見えるが「イ」の音。4つ目の偽の友。η は ι、υ に続く3つ目の「イ」の文字。 「ν」は「n」。vに見えるが「n」の音。5つ目の偽の友。 「γ」は「g」。英語のgとは形が違う。Μπιγκ Μακ の γκ で既に登場した文字の単独形。

τ(t) + η(i) + γ(g) + α(a) + ν(n) + ι(i) + τ(t) + ε(e) + ς(s) = ティガニテス → 揚げた。

これで πατάτες τηγανητές が全部読める。

偽の友

η i
ν n

新しい形

γ g

κοτόπουλο

チキン。メニューカテゴリ Κοτόπουλο はチキンメニューのセクション名。

「ω」は「o」。Ω(オメガ)は電気抵抗の単位で見たことがあるはず。実はギリシャ語の「o」の文字。ο と ω はどちらも「オ」の音。古代ギリシャ語では ο(短い o)と ω(長い o)を区別していたが、現代では同じ。

もう一つのディグラフが出てくる。ου は2文字で「u(ウ)」の音。

κ(k) + ο(o) + τ(t) + ό(o) + π(p) + ου(u) + λ(l) + ο(o) = コトプーロ → チキン。

数学で見た文字

ω o

στήθος κοτόπουλου

鶏むね肉。チキンナゲッツの商品説明に「στήθος κοτόπουλου」(鶏むね肉)と出てくる。

「θ」は「th」。Θ(シータ)は数学の角度で見る。英語のthと同じ音。

σ(s) + τ(t) + ή(i) + θ(th) + ο(o) + ς(s) = スティソス → 胸。

数学で見た文字

θ th

Ζεστά Ροφήματα と Αναψυκτικά

ホットドリンクとソフトドリンク。メニューのカテゴリ名。

「ζ」は「z」。英語のzと同じ。Ζεστά = ゼスタ → 温かい。

「ψ」は「ps」。Ψ(プサイ)は量子力学の波動関数で見る記号。実は「ps」の音。1文字で2音を表す。Αναψυκτικά = アナプシクティカ → ソフトドリンク。

英語と同じ

ζ z

数学で見た文字

ψ ps

メニューに出てこなかった2文字

24文字のうち、メニューから拾えなかった文字が2つある。

「ξ」は「ks」。ψ と同じく1文字で2音を表す。ξένος(クセノス=外国人、異邦人)のように一般的な単語に出てくる。 「χ」は「kh」。Xに見えるが「kh」の音。6つ目の偽の友。キリル文字のХと全く同じ。χωριάτικη(ホリアティキ=田舎風、ギリシャサラダの名前)でよく見る。

どちらもギリシャの街中では頻繁に見かける文字だ。

偽の友

χ kh

数学で見た文字

ξ ks

偽の友まとめ

キリル文字編と同じパターン。英語と同じ形に見えるが音が違う文字を整理する。

文字英語だと実際の音
Β βBv
Η ηHi
Ν νvn
Ρ ρP / pr
Υ υY / ui
Χ χXkh

キリル文字のВ(v)、Н(n)、Р(r)、Х(kh)と重なっている。キリル文字はギリシャ文字をもとに作られたので当然だ。ギリシャ文字→キリル文字の流れを知っていると、両方の偽の友を効率よく覚えられる。

まとめ

24文字+語末形1つの一覧。

英語と同じ(8文字)

Α α a
Ε ε e
Ζ ζ z
Ι ι i
Κ κ k
Μ μ m
Ο ο o
Τ τ t

偽の友(6文字)

Β β v
Η η i
Ν ν n
Ρ ρ r
Υ υ i
Χ χ kh

数学で見た形(10文字)

Γ γ g
Δ δ d / th
Θ θ th
Λ λ l
Π π p
Σ σ/ς s
Φ φ f
Ψ ψ ps
Ξ ξ ks
Ω ω o

ディグラフ(2文字で1音)

μπ b
ντ d
γκ g
ου u

ギリシャ文字の面白さは、数学の記号だと思っていたものが日常の文字だったこと。π は円周率ではなくポテトの頭文字、Σ はシグマ記号ではなくソースの頭文字、Ω は抵抗の単位ではなくオリーブの ω。

もう一つの面白さは、キリル文字との繋がり。キリル文字編で覚えた偽の友(В=v、Р=r、Х=kh)は、ギリシャ文字(β=v、ρ=r、χ=kh)がそのまま受け継がれたものだ。2つの記事を読んだ人には、偽の友の系譜が見える。

アテネの地下鉄の駅名を見てほしい。Σύνταγμα(シンダグマ=憲法広場)、Ακρόπολη(アクロポリ)、Μοναστηράκι(モナスティラキ)。24文字と偽の友を知っていれば、観光地の名前が読める。